第270話・払い残した負債
「は? 絶対に嫌だけど……」
無情にもそう答えた秋山に、錠前が空気読んでよ……という顔をした。
「いやそんな顔されても……、なんでわたしがダンジョン入らなきゃいけないわけ? 意味わかんねー」
「さっきも言ったじゃん。そんなにベルセリオンくんが心配ならさ、マスターにならなくても来るだけくれば良いのに。実際、散髪屋消えて困ってるのも事実だし」
「だから言ったでしょ、わたしは逃げた人間なの。任官拒否した逃亡者。そんな臆病者が……現役の自衛官と肩を並べられるわけないじゃない。第一、錠前くんと同じ職場で働いたら絶対ロクな目に合わないよ」
「それは言えてる」と、真島がメニューを開いた。
「2人共酷くない……?」
「事実だろ、俺だってお前と同じ職場は勘弁願う」
追加で焼き鳥を何個かと、ビールのおかわりを頼む。
錠前は気分が変わったのか、桃ジュースにするようだ。
「でもさぁ美咲。そうやって自分を逃げた人間って言って卑下するのはさ……“気にしてるヤツ”の仕草なんだよね」
「はぁ? どういうこと?」
「お前責任感めっちゃ強いじゃん。だからずっと気にしてんでしょ? 国の金で大学行った身としてさ」
「ッ……」
誤魔化そうとジョッキに手を伸ばすが、中身は空だ。
正面にいる錠前が、続けて言い放つ。
「さっきも言ってたけど、刃物の扱いには自信あるんでしょ? だから唯一僕に勝てた分野で仕事……あえて言うなら“美容室”を開いた。違う?」
「ほんっとうにムカつくくらい当ててくるね」
「もちろん、美咲や雄二のことなら何でもわかるよ?」
「キモ」
古今東西、錠前にこんな軽口が叩ける人間はごく僅かだろう。
だが、秋山は図星を突かれて少し動揺していた。
「まぁ……確かに税金で進学しといて、結局納税者に還元しなかったのは結構気にしてる。コンプレックスになってるのも合ってるんだろうね」
「そう思うんだったら、既に道は決まってんじゃない?」
錠前が最後の刺身を口にした。
たっぷり醤油の付いたそれを、軽く噛んで飲み込む。
「自衛隊に戻れとは言わないよ、でも使った税金の分だけ今の内に還元しておけばさ……人生を長期で見た時に、コスパ良いと思うんだよねー」
「コスパかぁ……」
錠前の言葉には説得力があった。
これから何十年と続く人生において、ほんの何年かの学生生活が責任として重くのしかかって来る。
世の学生は奨学金を借りてまで勉強していたのに、自分は給料を貰いながら大学に行っていた。
挙句には任官拒否という選択をしたので、そこで自分になされた投資は消え去ったと言っても良い。
その負債は、今後永遠に背負っていくのだと思っていたが……。
「はぁ……、錠前くんにはやっぱ勝てないなぁ」
「おっ、来てくれる?」
「考えてみれば、中国に部屋ぶっ壊されて住めなくなってたし……新しい物件が見つかるまでなら。住み込みで行ってもいいよ」
払い残した負債を、秋山はせっかくなので返すことにした。
その機会が眼前の狂人によってもたらされた事には少しムカついたが、贅沢は言えない。
「居抜きなんでしょう? あと、駐屯地には何人いるの?」
「もちろん、人数は1400人くらいかなぁ……ぶっちゃけかなり多いね」
「うげっ……、新しい人雇わないと回んないなぁ」
早速諸々の考えを巡らす秋山。
すると、3人の携帯にニュース速報が入って来た。
『速報、中国およびロシア政府は、日本大使にペルソナ・ノン・グラータ(追放処置)を発動。明日の午前5時に緊急会見を予定。日本への追加制裁措置が発表される可能性』
お待たせしました。
次回よりVS中国太平洋機動艦隊編です




