第269話・つゆみ組
––––翌日の深夜。東京都 赤坂某所。
お祭りを堪能して、新海達がヘリでダンジョンへ帰った頃……。
「いらっしゃいませー」
とある居酒屋を訪れたのは、公安外事課第3係の真島雄二だった。
相変わらずびっしり決まった黒スーツだが、顔が強面なので堅気には見えない。
「すみません、田中名義で席に行ってる人はもういますか? 連れなんです」
「田中様ですね? あちらのテーブルにおられますよ?」
「わかりました、ありがとうございます」
それだけ言うと、真島は指定されたテーブルに行った。
席に向かうと、そこには既にビールを飲んでメニューを睨む秋山美咲が座っていた。
「やぁ真島くん、相変わらず君は時間厳守だね」
「そういうお前も、相変わらず15分前集合だな」
「大学時代の呪いだよ、とりあえず座ったら?」
「あぁ、俺も喉が渇いた」
そう言って対面に座る真島。
5秒ほど見つめた秋山が、なんでもない様子で聞いた。
「ふーん、7人くらい殺ってきた感じ?」
「ッ……なんでそう思う、着替えと消臭は完璧だったはずだが」
「嘘、カマかけてみただけ。大当たりじゃん」
「はぁっ、お前は本当に変わらねえな……で。勉は?」
「さぁ、いつも通り遅刻じゃない? アイツが時間通りに来たことなんて無いじゃん」
ビールを流し込む秋山。
「そういやそうだった、じゃあ俺も先に飲むか」
言うやいなや、真島は秋山と同じビールを注文した。
「んっ、お酒にうるさい真島くんがビールとは珍しい。好み変わった?」
「別に、酒好きだからって居酒屋のビールに文句言う厄介者じゃねえ。偏見過ぎだろ」
「そだね、あっ……お刺身頼もうよ」
「はいはい」
メニューを注文してすぐ、まずビールがジョッキに注がれてやって来た。
泡立つ黄金の酒を、夏の暑さで乾いた喉へ真島は一気に流し込んだ。
「小皿と醤油あるか?」
「ほい」
「悪い」
お刺身の準備を進めて、既に届いていた焼き鳥をつつく。
居酒屋のなんでもない食事だが、苦楽を共にした人間と一緒に囲む机はとても居心地が良かった。
後は最後の1人が来るだけだと思った矢先––––
「やっ、雄二。美咲。相変わらず時間より早く来るよねー」
重役もかくやという遅刻で、サングラスを掛けた私服の錠前がやって来た。
「お前は遅すぎんだよ、いい加減遅刻癖は直せ」
「はいはい。とりあえず説教は後にしてさ、僕も飲み物頼んで良い?」
「じゃあ俺のビールと一緒に頼む」
「僕下戸だから、ジュースと分けて注文するね」
スッと、真島の隣に腰を下ろす錠前。
飲み物を注文すると、開口一番で秋山が質問した。
「ベルセリオンちゃんは大丈夫そう?」
彼女の問いに、錠前はスマホの画面を見せながら答えた。
「金魚すくいやってるね、元気そうだよ」
「ふぅ……、なら良かったわ」
ようやくと言った感じで、肩の力を抜く秋山。
そんな彼女に、届いたブドウジュースを飲みながら錠前が聞いた。
「なんだ、そんなに心配だったなら……彼女のマスターになってあげれば良かったのに」
「はぁ? なれるわけ無いでしょ。四条さんにお任せしたんだから……もうわたしの出る幕は無いわよ」
そう言ってビールを煽る秋山。
「んなことより、錠前くん……これは1つ警告なんだけどさ」
「なに?」
「もしベルセリオンちゃんが死んだりしたら、敵もそうだしアンタも真っ先に殺すから」
「こっわ」
「言っとくけど冗談じゃないわよ、アンタも覚えてるでしょ? 防衛大時代……ナイフ戦闘なら“唯一互角”だったこと」
「もちろん、覚えてるよ。でも今の美咲じゃもう僕には勝てないんじゃないかな〜。僕世界で一番強いし」
ヘラヘラとジュースを飲む錠前。
相変わらずの傲慢さに、昔のノリでついぶん殴りそうになったがギリギリ我慢する秋山。
そんなことも気にせず、届いた刺身に醤油を付けて、パクリと食べる現代最強。
咀嚼して飲み込んだ後に、「そう言えば」と続けた。
「最近、幽霊騒ぎが酷くなって来ててさ……。おかげで駐屯地に入ってた民間業者がみんな逃げてるんだよね」
「幽霊だぁ?」
2杯目のビールを飲み干した真島が、疑わしげに顔を横に向けた。
「いやこれマジだよ、だからベルセリオンくんをこっち側に引き入れる算段立てたんだから」
「まぁファンタジーな場所だからな、そういうこともあるだろ」
「雄二の言う通り、でもおかげで入ってた民間の散髪屋さんが先日撤退しちゃったんだよねー」
ぶどうジュースを飲んだ錠前は、ニッと笑いながら正面の秋山に話し掛けた。
「っというわけでさ美咲、秋山美容室の新たな支店として––––“ダンジョンに来ない?”」
気さくに誘った錠前に、ビールを飲み終わった秋山はすぐに答えを渡した。
「は? 絶対に嫌だけど」
つゆみ組は、勉、雄二、美咲の意味です。仲良しです。
幽霊騒動については、210話?くらいの話の続きとなります。




