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第268話・金魚すくい

 

「おっ、なんだここにいたのか」


 食事を終えて合流してきた透と四条は、”金魚すくい”の屋台に群がる群衆をかき分けた。

 奥ではカメラを構える久里浜と、こちらに気づいた坂本が立っていた。


「あっ、隊長に四条2曹。もう食べ終わったんですか?」


「自衛官だからな、早食いなら負けん」


「さすが、ちょうど良かったです。実は少し苦戦してまして……」


「苦戦?」


 透が覗き込むと、そこではしゃがんでいる水色の髪の少女が背中を見せていた。


「ふええ……、また破れたぁ……」


 執行者ベルセリオンが挑んでいたのは、そのまんま金魚すくい。

 しかし、どうやら見たところかなり手こずっているようだった。

 彼女が手に持つおわんには、まだ1匹も金魚が入っていない。


 その代わりに、5本ほど積まれた破れた網が置いてあった。


「お、お姉ちゃん……苦手なら無理しない方がいいよ?」


 傍で見ていたテオドールが、気遣いからそう言うが……。


「こ、このわたしに負けを認めろって言うの!? 絶対にあきらめないわ! この金魚は必ずすくい上げて見せるんだから!!」


 そう言って6本目の網を、水中へ入れた。

 自由気ままに泳ぎ回る金魚を追いかけ、必死にすくおうと動かして––––


「ここ!!」


 タイミングを計って、網の真ん中で拾い上げた。

 そこそこ大きい金魚は、見事に紙の網へ乗ったのだが……。


「あっ、ベルさんまだ油断は……!」


 四条が言ったのと同時だった。

 びちびちと跳ね回った金魚は、網を簡単に破いて水の中へ戻ってしまった。

 6度目の失敗に、ベルセリオンは既に涙目状態だった。


「ふえぇ……、どうして上手くいかないのよぉ! ちゃんと真ん中に乗せてるわよ!?」


「残念だったねお嬢ちゃん、どうする? もう1回やるかい?」


「当然!! 取れるまでやるんだから!!」


 透から見れば、完全に悪循環に陥っていた。

 このままだと、お祭りが終わるまでやっても取れはしないだろう。

 後ろから近づいて、ベルセリオンの小さな肩を叩いた。


「ほれ、1本貸してみろ」


「な、なによ! まさかアンタがやるつもり!?」


「手本を見せてやるだけだ、こういうのはコツがあるんだよ」


 今までのベルセリオンなら、プライドが邪魔して拒否していただろう。

 だが、秋山の教えによって基本的な礼儀を覚えた彼女は、沸き立つ怒りをグッと堪えて……。


「い、1回だけよ。どうせ失敗するだろうけど」


「サンキュー」


 素直に網を手渡した。

 受け取った透は、その黒目をキッとターゲットへ据えた。


「おぉ……」


 彼のカッコいい場面が見たいのだろう。

 四条がさりげなく正面へ回った。


「新海隊長、金魚すくいできるんですか?」


 4Kカメラを持った久里浜が、疑わし気に聞いてくる。

 そんな上官に失礼な彼女の頭を軽く叩いた坂本が、すぐさま返した。


「千華、黙って見てて」


「はーい」


 ––––ん? 今名前呼びした!?––––


 若干……っというかもの凄く気になった四条と透だが、今は眼前の目標へ集中することにした。

 水の入ったおわんを左手に持ち、右手で網を構える。


「透さん、ファイトです」


「おう、ベルセリオンもよく見とけよ」


 そう言って、透が金魚すくいを開始する。


【新海3尉がやるのか……、ダンジョンの英雄は祭りにも強いのか?】


【さっき坂本3曹が喋った時、また一瞬なにも聞こえなくなったの俺だけ? なんか今日回線不安定なのか多いんだよな】


【そんなことよりほら、始まるぞ】


 全員が注目する中、透が解説しながら手を動かす。


「いいか、この網は強度が終わってるから、そのまんますくおうとすると、絶対に失敗するよう作られてる」


 まず透は、金魚の警戒心を刺激しないようにゆっくり網を水面へ近づけた。


「無理に追っちゃダメなんだ、こう……進行方向に先回りしてだな」


 彼の動きは非常になめらかだった。

 複雑な軌道を描く金魚の行先を、まるでわかっているかのように先回り。

 警戒心が薄くなったタイミングで、網を水中にゆっくり入れた。


「んで、動きの癖がわかったらこうして置きエイムしてやるんだ。そしたら––––」


 見事と言うほか無かった。

 水中に忍び込ませた網の上へ金魚が来た瞬間、透はかなり慣れた手付きですくい上げた。

 強度が落ちる時間すら与えず、スライドさせるようにおわんへ金魚を移す。


「おおおおおお!!!」


「うめええええ!!!!」


「1発で取ったぞ!! さすが英雄!!」


 本人からすれば、金魚すくいで随分とオーバーな反応なので少し照れる。

 だが、一連の動きを見ていたベルセリオンも呆然としていた。


「や、やるわね……思ってた以上だわ」


「まぁな。じゃあ次、ベルセリオンの番」


「はっ!? もう交代!?」


「俺のはあくまで見本、本命はお前だぜ?」


 店主から新品の網をもらう。

 再びしゃがみ込んだベルセリオンは、一度深呼吸した。


 今まで誰かを手本にするなんて、自分のプライドが許さなかった。

 でもこの日本という国では、自分というまだ未成熟な子供には必ず保護者がつく。子供に責任は押し付けない。


 人生で頼れる大人に初めて出会ったことで、彼女はいつしか……他人の指導を素直に受け入れられるようになっていた。


「新海がやってた動きは……」


 ぎこちないながらも、網を動かしていく。

 さっきまで闇雲に追い回していただけだったそれが、今はターゲットの先を読むように先回っている。


「ここで待ち伏せして……」


 警戒心の薄い金魚を狙って、網を沈めた。

 そして、数秒の後に目標が網の上を泳いで––––


「今っ!!」


 斜めに拾い上げるようにすくい、勢いのままおわんへ金魚を滑り込ませた。

 初ゲットである。


「おー! やったじゃん! おめでとうベルセリオンちゃん!」


「隊長の手本があったんだ、当然の結果だろ」


「さすがです、ベルさん!」


 久里浜、坂本、四条が一緒になって喜ぶ。


「や、やった……!!」


 異常なまでの達成感がベルセリオンを襲った。

 まるで、敵の軍勢を一騎当千の無双で倒したような……非常に晴れ晴れした気持ちだ。


「ほい」


 お手本係の透が、対面で手を宙に上げた。

 一瞬意味がわからなかったベルセリオンだが、何をしたいかすぐに理解して。


 ––––ぱぁんっ––––!!


 快活な笑顔でハイタッチを交わした。

 それは、彼女の日本での新たなスタートを祝う祝砲のように鳴り響いた。

金魚じゃないですが、作者はスーパーボールすくいが得意でした

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― 新着の感想 ―
[一言] この様子だと目の前で四条が「透さん」呼びしている事にも全く気づいていないなベルセリオン………。どんだけふえふえ言ってのめり込んでたんだか………。ちなみにふえほえ姉妹は金魚すくいの「すくい」の…
[一言] 金魚に名前をつけて愛でる…ためのアレコレを手伝ってもらうまでがセットw
[一言] 屋台の食べ物を堪能し、遊戯系で時間を忘れて楽しむ。もう彼女達は日本の魅力から逃れられない・・・
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