第267話・反社vs自衛隊
踵を返した久里浜は、不敵な笑みを浮かべつつ近づいた。
向こうも面子が潰れて、一矢報いようとしているのだろう。
お祭りの運営に反社が絡んでいるのは周知の事実なので、久里浜はおくびもせず呟く。
「へぇー、意外と根性あるじゃないの」
「久里浜さんだっけか? アンタの戦いも配信で見てる。強いんだってな? だったらコルク銃でもこの距離は余裕だろ?」
コルク銃の本来の有効射程は、ほんの10メートルも無い。
それ以上となると、弾の材質上どうしても予測不能なばらけ方をしてしまう。
だが、銃を触った久里浜が楽しげに呟いた。
「20」
「なんだって?」
「20メートルから撃って全弾当ててあげる、ちょうど撃つ予定が消えて暇だったのよ」
「に、20はいくらなんでも無茶だろう……!! さすがに俺もそこまで鬼じゃねぇぜ? 普通は当てられる距離じゃない」
「良いのよ、条件が厳しいほど燃えるタイプだから」
コメント欄が一気に加速した。
【久里浜士長、制限付くと燃える派か……それにしても無謀だが】
【なぁ、実際コルク銃で20メートルって届くのか?】
【思い切り上に向けても放物線を描いてギリギリ届くだけだ。当てられるわけが無い】
【でも久里浜士長はあの新海3尉の部下だろう? ワンチャンあるんじゃないのか?】
【20メートルは電動ガンの距離だ、まず当てられん……無謀なチャレンジを挑んだな】
しかしそんな周囲の心配も気にせず、久里浜はカメラを坂本に預けて銃を握った。
「ボルトアクションは2〜3回しか触ってないけど、まぁ悪く無い剛性ね」
先ほどの坂本と同じく、念入りにスプリングのチェックをする。
トリガーの引き心地を何度も確かめると、久里浜は頷いた。
「じゃあ標的はそのお菓子の箱で良い? ちょうど5個あるみたいだし」
「無茶だ!! もっと大きめの人形でも良いんだぞ!?」
「別に構わないわ。それに、ここで日和ってたら……この配信を見てくれてる国民が安心して寝れないじゃない。ダンジョン配信部隊として、世界トップの腕前を納税者に見せるのがウチの小隊の義務だから」
笑顔でそう言い、本当に20メートル離れる久里浜。
さすがのテオドールも、自分で難易度を噛み締めた分……不安を感じていた。
ドヤ顔が得意のベルセリオンも、自分ならできるなんてとてもではないが言えない。
「ゼロインは5メートルで設定してると仮定して……、弾道線にしたらこんくらいかなー?」
ショートパンツのポケットから、コルクの弾を取り出す。
銃口に詰めると、コッキングレバーを往復させた。
「今日は腰……というか体の節々が痛いから、あんま力まずにやろっと」
––––パンッ––––!!
久里浜が放った銃弾は、大きく放物線を描いて飛翔。
途中で風の影響を受けて右に逸れたが……
––––ぱこんっ––––!
数センチしか無いお菓子の箱に、初弾で見事に命中。
ありえないことだがド真ん中に当たったので、綺麗に倒れた。
【うおおおおお!!! すっっげえええええええ!!!!】
【風向きを読んだのか?】
【コルクに風向きもクソもあるかよ、完全にランダムな弾道のはずなんだから……なんで当たった?】
【ま、まぁ1発だけなら偶然かもしれない】
一連のワンショットを見ていた店主も、信じられないといった顔だ。
なお、当の久里浜は特に感情を表に出しておらず……。
「んー、今のは微妙だったかな。力が入り過ぎ……っていうかハンマースプリングが駄目ね。安物のトリガーじゃこんなもんか」
そんなことを言うのだから、店主も観衆もリスナーもドン引きである。
そして、それが決して強がりや虚言ではないことが次の瞬間にはまた証明された。
コルクを装填し、素早くコッキングして構える。
「トリガーフィールは安物の第1世代グロック拳銃に似てるわね……、ならこれでどうかしら」
––––パンッ––––!!
みんな狐に化かされているようだった。
20メートルという常人では掠ることすら不可能な距離で、彼女はコルクを完璧に標的へ当てていたのだ。
かなり放物線を描いていること、風向きで大きく逸れること、そもそも弾の性質上弾道が安定しないこと。
当てられる要素など微塵も無いはずなのに、久里浜はなんでもないかのように命中させていった。
【なんかアレだ、昔のテレビ番組でやってた職人技見てる気分】
【こうもありえん距離でポンポン当てられると、久里浜士長とは絶対戦いたくないって思う】
【横浜のサバゲじゃ、数十人で掛かっても全滅したらしいぜ】
【こんな人間がダンジョンに派遣されてるなら、国民としては安心だよ】
やがて最後の1発が、無情にもお菓子の箱へ音を立ててヒットした。
あまりに現実離れした神業に、周囲はスンと押し黙ってしまった。
そこへ、カメラを持った坂本が近づく。
「千華、やり過ぎ。みんなドン引きしてんぞ」
「あーごめん、安い挑発がムカついたからつい」
銃を店に返した久里浜は、笑顔で店主に寄った。
「じゃ、棚の商品はいいから1つ約束してくれる?」
「な、なんでしょう……」
「これから配信を見た人が大勢来るだろうから、その人たちには”商品が落ちない細工”は絶対しないでね。もし約束破ったら……」
可愛らしい笑顔で、指のピストルを撃った。
「池に沈めるかも♪」
「は、はい!! 了解いたしました!!!」
店主はいわゆる反社関連の人間だったが、自衛隊に逆らえばどうなるかなど……過去の逸話で大方わかる。
池に沈めるという言葉も、決してブラフではないだろう。
大放出サービスとなったテキ屋を後にしつつ、坂本が笑った。
「池に沈めるとか昭和の空挺かよ」
「良いじゃん、一度言ってみたかったの。失念してたけど視聴者には聞かれてない?」
「その瞬間だけミュートにしといた、ちなみに今も」
「ナイス慎也、じゃあ次のお店に行きましょう。あっ、あそこなんてどうかしら!」
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