第265話・お腹を満たしたら遊びましょう
透と四条が大人のステップを進む直前。
夏祭りの生配信を引き継いだ坂本と久里浜は、次なるイベントを用意していた。
「ねぇねぇ2人共! 食べるだけが夏祭りじゃないわよ?」
4Kカメラを持った久里浜が、机で食事をしていた執行者に明るく話しかけた。
既に焼きそば、たこ焼き、焼きとうもろこし、ベビーカステラとかなりの量を食べていたので、いい加減お腹が満たされた頃合い。
新たな楽しみの香りに、2人はまたも目を輝かせた。
「こ、こんなに美味しい物を食べる以外にも……、まだ何かあるの?」
興奮を隠しきれないベルセリオンに、正面の坂本がサムズアップした。
「もちろん、食うだけが日本の祭りじゃない」
綺麗に食べ終わった食事のパックを、近くのゴミ箱に捨てる。
その足で、2人の執行者を出店に案内した。
尚、ちょうどこの頃に透と四条が何やら良い感じの空気になっているのだが……。
普通なら眷属が絶対に探知するところ、今2人はお祭りに夢中。
気づくことは一切無かった。
「えー、まず遊戯屋台1号。ここは……射的からやって行こう」
坂本の声に、チャット欄がざわついた。
【キタ!! やっぱお祭りと言えばこれよ!!】
【肥えドールちゃんと体重増ぇルセリオンちゃんのコンビは銃持つの初めて?】
【おまっw、呼び方ぁ!! 2人共よく食べるけどちゃんと痩せてるだろww】
【すまん、だが後悔はしていない】
などと漫才をしつつ、リスナーも大盛り上がりとなる。
「ねぇ坂本、これは銃ですよね? 本物なんですか?」
「いや、コルク銃って言うんだ。簡単に言えば安全なオモチャだよ。それで的を撃って倒せたら景品ゲット」
まず検品がてら、坂本が木製のコルク銃を持ってみた。
オモチャでも作りはよくできていて、コッキングレバーを引いて中のスプリングを圧縮。
トリガーを引くとそれが解放されて、中の空気を使って撃ち出すという物。
コッキングの動作自体は本物と同じなので、点検と装薬チェックの様子がどう見てもプロ。
っというか、坂本も練度の高い自衛官なので当然ではあるが。
「見ろよ……、アレが現役のチャンバーチェックだ」
「動きが手慣れてんなー、もし不具合あってもすぐわかりそう」
周囲の野次馬が口々に言う中で、坂本は一通りの点検を済ませた。
「銃の軋み無し、中のスプリングもヘタってないな。これなら多分大丈夫」
「最近はオモチャもかなり進化してるからね〜。“慎也”、ちゃんと銃口管理教えてあげなさいよ」
「言われなくてもわかってるって“千華”……、ほれ。とりあえず持ってみ」
オモチャとは言え、初めて銃を手にするテオドール。
その質感はまるで本物のようで、祭りで高まったボルテージをさらに引き上げた。
「銃口は絶対にターゲット以外に向けないこと。トリガーには撃つ時以外は指を掛けないこと。あとは……リラックスして撃てば絶対当たる」
「えっと、この前と後ろに付いた照準器で狙いをつけるのですね?」
「そうそう、これオモチャなのにアイアンサイト付いてるみたいだから。遠慮なく使えば良いよ」
「よし、覚えました! 早速撃ちたいです」
「了解ー」
緊張でたじろぐ店主に近づくと、坂本はお金を渡しながら小声で呟いた。
その声は低音で、若干の脅しを含む。
「倒れないように設定してる的、どれ?」
「あっ……えー、3等以上のぬいぐるみです……」
「じゃあ見えない部分の支え、全部取ってもらえる?」
「は、はい……」
こういう時の坂本はある意味最強だった。
気づかれないように、店主が大急ぎで支えを取り除く。
「弾は5発ですか……」
「どれ狙う? テオドールちゃん」
「2等のぬいぐるみが欲しいです、アレに全弾当てます!」
そう言って、彼女は銃口にコルクを詰めた。
重いコッキングレバーを往復させて、慣れないながらもしっかり狙いをつける。
【頑張れ! ほえドールちゃん!!】
【距離が近いとはいえ……1発でいけるか?】
【俺苦手なんだよなコルク銃、マトモに当てられない】
【じゃあここで当てたら、ほえちゃんのほうが上ということだ】
緊張の一瞬。
しっかり狙いを定めたテオドールが、集中力を込めて––––第一射を放った。
––––パァンッ––––!!
エアーで撃ち出されたコルクが、狙いの人形へ向かって飛翔した。
当たるかな?




