第260話・お祭り参加!
–––– 東京都世田谷区、東山街かど公園。
今ここは、夏のお祭りというイベントによって、大変に賑わっていた。
特に学生の類いが多く、着物姿のガールフレンドを連れて祭りを楽しんでいる。
それだけではなく、老若男女が提灯を模したランプに照らされ活況を呈している。
射的に金魚すくい、豊富な出店と……まさに配信をするには最高の環境だ。
しかしそこから少し離れた場所で、透は自らの眷属と共に木陰にいた。
「むー……、うーん」
唸り声を上げていたのは、金色の目を疑わしげに自身の身体に向けたテオドールだった。
執行者特有の治癒能力で、戦闘の怪我はもう殆ど治っている……のだが、彼女は別のことで大いに悩んでいた。
「と、とおるぅ……本当にこの服しか着ちゃダメなんですか?」
そう言った彼女の服装は、白色の半袖に黄色のショートパンツ。
一見普通に見えるそれなのだが、テオドールはある事を気にしていた。
「当然だろ、お前が今日着てた服は戦闘でズタズタになってる。あんな格好で祭りの場に出せねーよ」
「で、でもさすがに”昨日着ていた服”を洗ってないのに、また着るのは少し抵抗があります」
「仕方ない、残ってた服がそれだけだったんだから」
テオドールは執行者時代であれば、衛生観念も中世レベルだった。
風呂なんて入らなくても別に良かったし、服も臭おうが全く気にしていなかった。
だが、日本で清潔な暮らしと快適さを染み込まされた彼女は、もう元に戻れない体となっていた。
「昨日はリスナーさん達から逃げ回っていたので、いっぱい汗をかいたんです……。ビルから落ちた痛みより、こっちの方が不快感が凄まじいです」
「お前くらいの女子が汗臭いのは別に普通だよ、中学の頃は部活帰りの同期がそうだった。気にすんな」
「き、気にしますよ! 透が鈍感なだけです!」
自衛隊では行軍や訓練で、汗臭さにとても耐性がつく。
透も一応防大出身の体育会系なので、汗などあまり気にする性格ではない。
これは四条や久里浜、坂本にも共通する自衛官の性だ。
マスターが言うならそうなのだろうとは思う。
それでもどうしても気になってしまったテオドールは、迫真の表情で透に迫った。
「に、匂い……! 背中とか嗅いでみてください!」
「はぁ!? 俺が嗅ぐの?」
「誰もなにも透しかいないでしょう、眷属が臭かったらマスターだって困ります! さぁ、早く確認してください」
そう言って、小さな背中を向けるテオドール。
「えぇ……」と若干困っている透だが、これで本人の気が済むならやるしかなかった。
傍目に見れば、成人男性が中学生相当の女子の匂いを嗅ぐので完全に事案である。
周囲に他人がいないことを確認し、透はテオドールの髪をかき分けて背中を嗅いだ。
「ど、どうですか……? 臭かったらハッキリ言ってください、忖度は無しでお願いします」
この真夏を1日歩いていたとのことで、さすがの透も覚悟はしていた。
なのだが、いざ確認してみると……。
「いや……、臭くねーな。むしろ甘いお菓子みたいな匂いがする」
「ほ、本当ですか……? 嘘ついてませんよね?」
「嘘かどうかは、お前のテレパシー的なアレで確認してみろ。マスターの思考は読めるんだろ?」
「は、はい……」
目を閉じて、透の思考を読み解く。
すると、どうやら自分は本当に一切汗臭くないのだとわかった。
「ほっ、良かったです」
「食事のバランスが良いからか? 不思議だ……でもなんにせよ、これで祭りに行けるな」
木陰から出ると、すぐに四条とベルセリオンを見つけることができた。
っというより、嫌でも視界に色々入った。
「あ、あの四条2曹ですよね!? めっちゃ美人!!」
「凄い! 本物!! 第1エリア攻略戦の時から大ファンです! サインください!!」
「こっちの子は前の配信で敵だった女の子だよね? 味方になってくれたの!?」
四条とベルセリオンは、群衆にすっかり囲まれていた。
すぐに透たちの下にも、祭りの客たちが押し寄せた。
「日本の英雄、新海3尉だ!!」
「テオドールちゃんもいる!! 本当に東京に来てたんだ!!」
あっという間に、お祭り会場は空前の大騒ぎとなってしまった。
だが、これは想定内。
四条が透き通った声を張って言葉を出した。
「み、皆さん! 今からゲリラ配信を行いますので、少しご協力をいただけたら幸いです! 事故が発生しては危険なので、各人で一定の距離を取るようお願いします!」
こういう現場では、1人の転倒が大事故に繋がる。
そして、四条の要請に群衆はすぐさま応じた。
英雄たちに近づきたい一心を堪え、徐々に空間ができていく。
「た、助かったぁ……」
もみくちゃにされていたベルセリオンが、長いサイドテールをさげてため息をつく。
以前の彼女なら群衆に危害を加えていたかもしれないが、秋山との交流の成果か、頑張って我慢していたようだ。
「ナイス四条、やっぱお前の声はよく聞こえるな」
「ふぅ……これでも自衛官ですからね、声はよく出ます。ベルさんもよく耐えてくれました。リスナーの皆さんにも感謝ですよ」
眷属の頭を優しく撫でる四条。
「じゃあ、群衆整理も済んだし––––始めっか」
やはり最初は、”たこ焼き”と”やきそば”にすべきだろうと彼は財布を握った。
いよいよ配信が開始される––––
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