第259話・天界
––––ダンジョン内、エデンの間。
とても広い庭園のようなここは、のどかな緑や花が広がる癒しの空間だった。
それはどこか、地球の神話に出てくる景色のよう……。
だが風に揺れる草の上に、ボタボタと赤い血が零れ落ちた。
「はぁっ……、はぁ、アレが現代最強……錠前勉かぁ。マジでアノマリーじゃん、あんなんに勝てるかよ……」
右肩から“先を失った”大天使ガブリエルが、その場で両膝をつく。
彼は錠前が放った究極奥義––––『極ノ弾』をすんでで回避したが、瀕死の重傷を負わされたのだ。
「規格外の魔法出力……、アノマリーとしての異次元さ。何よりそれに耐えられる圧倒的な才能。あー羨ましいぜこんちくしょう、チート野郎が!」
近くにあったリンゴの木にもたれかかったガブリエルは、空を眺めながら呟く。
「今度は本気で戦いたいなぁ、でもこの傷じゃ少し厳しいか? あぁぁ〜……たまらなく悔しいなぁ」
足音が近づく。
それに振り向いたガブリエルは、無傷だった左手をあげた。
「やぁサリエル。お疲れ様、”例の物“は手に入ったかい?」
未だ飄々と喋る大天使に、同じ”大天使“であるサリエルは手に持った氷の肉片を見せた。
肩まで伸びた金髪と、長い前髪の奥で目が覗いている端正な男だ。
「あぁ、”特級遺物”。『リヴァイアサンの肉片』。なんとかバレずに探し出したが……お前は珍しく酷い有様だな」
「文字通り半身を消し飛ばされたからね……、後で主に言って治療してもらわないと。錠前勉……本当に第二のアノマリーだ。実に恐ろしい男だよ」
「お前がそこまで言うなんて珍しい、裏切り者の執行者の処刑はちゃんと済ませたんだろうな?」
「いやー失敗しちゃった、最高級の宝具を使ったんだけどねぇ……。日本は信仰力指数が圧倒的に低い国にも関わらず、魔法に劣らない医療技術を持っている。虫の息だがエクシリアは生きてるよ」
その言葉に、サリエルは顔をしかめた。
「信仰力指数……、その国の唯一神教を崇める信者の絶対数を基準にしているんだったか? 元は我々が使っていたのを、ダンジョン向けに払い下げた装置じゃなかったか?」
「そうそう、昔は植民の目安に使ってたけどあんまアテになんなくて売ったんだけどさ。日本みたいな特殊国家はイレギュラーだ。装置が誤作動を起こしてる」
「あーあ、エンデュミオンくん怒っちゃうぞぉ? 不良品押し付けんなって、天界にクレーム来たらどうすんの」
「別に大丈夫っしょ、アイツら下請けだし……魔導具に頼ってロクに偵察もしなかった連中が悪いんだよ」
「偵察を怠ったのはお前もだろ。しかし日本……不思議な国だな。唯一神を崇める人間が少ないのに、ここまで発展しているとは……」
同じ木に持たれかかったサリエルは、不思議そうに呟いた。
「そうだ、あの国は絶対の主に頼らず己の技術のみであそこまで来た。妙な魔法を使って戦う異形のような存在だよ」
ガブリエルは苦笑いを浮かべながら言った。
「まるで”1000年前の僕たち“みたいじゃないか」
古い記憶を思い起こしながら続ける。
「それでいて、第2のアノマリー……錠前勉なんていう規格外の存在が出てきた。彼を倒さない限り、この戦いに勝つことは難しいだろうねぇ」
サリエルは手に持ったリヴァイアサンの肉片をじっと見つめた。
「奴を倒すには、この肉片を上手く使うしかないだろう。天界ですら禁忌とされる遺物を、まさかここで使うことになるとはな……」
「それ、今更だけどどこで拾って来たの? リヴァイアサンの肉片は全部自衛隊に回収されなかったっけ?」
「9割は回収されたが、極少ない欠片が海を漂っているのを見つけられた。日本の船が近くにいて少し危なかったけどな」
サリエルは少し感慨深げに言った。
「これで……”第3のアノマリー“を導く準備ができた」
ガブリエルも黙って頷く。
これまで天使たちが守ってきた掟を破ることになるとは、2人も想像していなかっただろう。
しかし、彼らの使命は地上の何よりも優先される。
偉大なる主のために、なんとしてもこの世界を攻略して見せると。
「俺らの奥の手を使っても勝てる保証はない、自衛隊はあまりにも異常な存在だ。切り札のドラゴンも……出しどころを間違えば瞬殺されるだろう。もう時間も殆ど残ってない中、タスクをこなせるか……」
サリエルの言葉に、ガブリエルは大量に出血しながら答えた。
「だからこそ面白いんだよ、やっと攻略し甲斐のある世界に来れた。これからは執行者連中も敵だし、”地球というダンジョン“……ゴホン! 世界を攻略するのが楽しみだ」
思わず興奮するガブリエル。
「そうだ、攻略の様子は久しぶりに生配信しよう。船内のネット回線はまだ生きてるしね。本業の”ダンジョン配信“といこう!」
「その意気は買うが、あまり無茶はするなよ。お前が倒れたら、残りの大天使でどうにかできる相手じゃないからな」
サリエルも苦笑いを浮かべた。
2人の天使が、転移魔法で姿を消す。
今回は結構前からチラつかせてた情報の開示が多かったので、読みにくかったらサーセン。




