第256話・世界から切り離されし国
時刻は少しさかのぼって、午後6時。
JR新東京駅のホームに、数人の男たちが私服姿で立っていた。
「まさか陳大佐が戦死するなんてな……、本国になんて言えばいいんだ」
そう喋ったのは、中国国家安全部 対日第7小隊を率いる周少尉だった。
彼は今日の戦闘において、ドローンで支援する部隊として展開していた。
だが、自衛隊のジャミングによってそもそもドローンを飛ばすことができなかったのだ。
おまけに、錠前が大使館に結界を張ってしまったので、戦闘に介入することすらできなかった。
結果として、なんの貢献もできず本国から帰国命令が出ていた。
今回の件で、日本政府は中国大使に対してペルソナ・ノン・グラータ(追放措置)を発動。
関東における戦力を失った中国は、おとなしく従うしかなかった。
今頃は、大使館職員が大急ぎで重要書類を燃やしていることだろう。
「まさかアフガンでアメリカが、ウクライナでロシアがやったことを……我々もすることになるとはな」
外交的にも最大級のダメージは、少なからず弱りきった中国国内にも影響するだろう。
これに加え、今回の攻撃で西側諸国の圧力もより厳しくなることが予想された。
「知ってるか軍曹、先月から我が国にはGPUすら届かなくなったんだぞ」
「GPU……、パソコンの部品ですか?」
「そうだ、グラボとかグラフィック・カードなんて呼ばれてるな。GPUの製造国は主にアメリカだが、日本の圧力でそれらが一斉に輸入できなくなっている」
「日本がアメリカに圧力を? ハハッ、属国風情が……何かの間違いでは?」
「事実だよ軍曹、今やアメリカは日本の機嫌を取るのに大忙しだ。日本がいなくては、アメリカの今後の太平洋戦略なんぞ簡単に崩れ去るからな」
「にしたって、ただのパソコンの部品でしょう? ロシアみたいにボールベアリングを規制されたわけじゃない。戦闘機が飛べなくなるわけじゃないでしょう」
「君は最近の電子機器に詳しくないと見える、新幹線が来るまで少しあるし、後学のために教えておこう」
アナウンスが鳴り、目的の新幹線があと5分で到着することが伝えられた。
「GPUは高性能機器の心臓部だ、これが無いとあらゆる先進産業がストップする」
「例えば?」
「代表的な物で言えば、AI開発がよく言われるだろう。アレもGPUが無いと作ることも運用することもできない」
「あぁ、ちまたでよく聞く生成AIですか。あんな素人が食いつくだけの雑多な技術、なんの国益にもならないでしょう。日本のイラストをコピーするのがせいぜいでは?」
「そんなちゃちい物じゃないさ。アメリカでは既に軍用のAIが実用化されている、なんでも対話型で米軍のあらゆる機密情報を深層学習させているらしい」
ここまで言われても、機械音痴の軍曹はあまり理解できていないようだった。
周少尉が続ける。
「簡単に言えば、そのAIに状況を伝えるだけで……機密情報から得たヒントを生成。もしくは答えそのものを提示してくれるそうだ」
「じゃあ、例えば我が中国の軍事施設をいつ、どれくらいの戦力で攻撃すれば無力化できるか……そういうことも都度教えてくれるんですか?」
「その通りだ、これは軍事においてアドバンテージ以外の何ものでもない。噂だが、アメリカは出航した中国海軍の空母がどこにいるかまでAIに答えさせているとか」
「アテになるんですか……? それ」
「こないだ太平洋を遊弋していた空母『福建』が、無線封鎖していたのに米海軍に見つかった……噂が本当なら、もう解放軍の空母は隠れられないな」
自嘲気味に答えた周少尉は、周りに不審者がいないか確かめつつ前を向いた。
「後は個人レベルならPCゲーマーや、3Dクリエイターにもこの制裁は効くだろうな」
「なぜです?」
「今どきのゲームはハイスペックなGPUを要求してるのが殆どだし、対戦ゲームなんかだと240FPSが標準な部分がある。このペースで進化していけば、将来的にミドルクラスGPUでもあらゆるゲームや作業ができるだろう。だが––––今の中国は違う」
周少尉が語気を強める。
「これから日本や欧米が高性能なGPUでゲームや仕事をこなす中、中国だけが世界から取り残される……! もう今日から国内に残った高性能GPUの取り合いは始まって、それを使い潰す頃には……日本人のゲーマーはさらに先を行っているだろうな」
「中国が独自開発すれば良いのでは? 外国が規制するなら、我が国が高性能GPUを作れば良いではないですか」
「それができれば苦労はしない、製造には台湾のTSMCが作る2n以下の半導体が必要になる。まだ台湾が併合できてもいないのに、そんな代物は作れないだろうな」
「じゃあ中国の人間が必死に240FPS以下で勝負する中、日本人は倍の480FPSで挑んでくると? 勝てるわけないじゃないですか、ゲームってそんなに不公平でしたっけ?」
もはや中国とロシアは世界から切り離された。
高性能部品を海外に頼っているのにも関わらず、日本へ実質戦争行為を働いたのだから無理もない。
ダンジョンによって、日本が強化されることを恐れた結果……逆にこっちが国難に陥った。
『1番線に、博多行き新幹線が到着します』
ようやく周少尉たちの乗る新幹線が来た。
愚痴を一旦終わらせて、とりあえず撤退の準備をする。
「大阪まで戻ったら、拠点の証拠を潰してから関西空港で本国に帰るぞ。なんとしても……“錠前勉が魔法を使用出来なくなった”という報告を上にあげる」
秘匿性の高い衛星携帯があればこんな手間はいらないのだが、生憎と今は無い。
超重要情報を持って、絶対に中国へ帰る。
停車した新幹線の扉が開き、少尉たちが乗り込もうとした時––––
––––パシュッ––––
「は…………?」
さっきまで周少尉と話していた軍曹が、眉間を撃ち抜かれた。
血を噴き出して倒れる軍曹と同時に、隠していた拳銃に手を掛ける。
「おいおい、そんな大事な情報持って……本当に帰れると思ってたのかよ」
新幹線から出てきたのは、右手に『SFP-9』自動拳銃(サプレッサー付き)を持った、錠前の親友。
「逃すわけねーだろ、間抜け共」
公安外事課第3係、真島雄二がホームに降り立った。
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