第255話・現代医療の力
––––自衛隊 中央病院。
同、診療技術部技術管理課 臨床工学班。
都内に存在するここは、自衛隊が運営を行う防衛省直轄の病院だ。
最近では新型コロナウイルスの流行に対し、最も初動で活躍した施設として知られている。
そんな大病院で、透と四条は院内のコンビニを歩いていた。
「四条、本当に腹にガーゼ貼るくらいで良かったのか?」
冷蔵庫の前で、どの飲み物にしようか悩みながら、透は四条の心配をしていた。
彼女は今日の戦闘で刺される&殴られると、かなりひどい目に遭っていたので透は心配していたのだが……。
「うーん」
当の四条は、隣で同じようにペットボトルを吟味しながら返した。
「えぇ、ベルセリオンさんを使役した影響でしょうか……もう軽い打撲跡しか残ってません。執行者の治癒力を分けてもらってるってことですかね?」
割と平気そうに返す。
ちなみに彼女が着ていた私服は血まみれかつ、泥だらけになってしまったので泣く泣く処分。
絶対に今度の休日で買いなおすと、固く決意した。
今は柔らかい黒髪もほどき、いつもの上下迷彩服を着用。
それは透も同じで、彼も同様の恰好で冷えたペットボトルを手に取る。
「多分な、俺はテオを眷属にしてから肩こりと不眠が解消した」
「プフッ、効果がおじさんみたい……。でもやっぱり、他とは違う特別な子たちなんですね。同じ生き物……同じ人間なのにここまで差があるなんて」
「言っても異世界人だからなー、あの細い腕でコンクリ砕くから恐ろしい」
カゴに天然水を数本入れた透は、レジに向かった。
四条もとりあえず同じ物を選んで、仲良くお会計。
商品を購入した2人のマスターは、通路を歩いて待たせていた眷属に近づいた。
「2人とも、飲み物をいくつか買ってきたので水分補給してください。冷房が効いてても日本の夏は油断できませんからね」
横長のソファーに座っていたのは、沈んだ表情のテオドールとベルセリオンだった。
「ん、ありがと四条」
「ありがとうございます、透……でも、まだ全然安心できないです」
彼女らが見つめていたのは、”手術中”と文字が赤く光る蛍光版だった。
中では、医官たちによる懸命のオペが行われている。
「透、エクシリアが死なない確率……日本なら何パーセントでしょうか」
「俺が聞いた話だとギリ50ってとこか……、病院に着いた時点で呼吸と脈がほぼ停止。心臓と肺が完全に破壊されたのに生きてるだけでも奇跡だったんだ。医学がどうより、エクシリアの生命力に賭けるしかないな」
「そう……ですね」
未だ沈んだ様子のテオドールの横に座った透は、天然水の蓋を開けた。
「2人共優しいな、さっきまで自分を殺しに来た人間にそこまで心配できるなんて」
「優しさとかじゃありませんよ……、もっと個人的な私情が入ってます」
「っと言うと?」
ペットボトルを一口飲んだ透へ、テオドールはいたって真面目に答えた。
「わたしはエクシリアにずっと負け続けなんです! 今ここで死なれたら、リベンジが一生できません。だから早く元気になってもらって、今度こそ……この手で倒したいんです!」
興奮で長い銀髪が揺れる。
確かに、ものすごく個人的な理由だった。
それに対し、ベルセリオンも頷く。
「まーわたしは“エリカ”と一緒に勝ったし、もう未練は無いんだけど……ここで死なれたら後味悪いのよねぇ」
その言葉に、四条が真っ先に反応する。
「ベルセリオンさん、わたしの下の名前……いつ教えましたっけ?」
「知らないの? 眷属にはマスターの最低限の情報が入ってくるのよ。気に入らない? エリカ」
「あっ、いえ……ベルセリオンさんが良いなら」
透と同じタイミングで隣に座っていた四条へ、ベルセリオンは軽くデコピンした。
「はうっ!」
「“ベル”で良いわよ、あなたはわたしのマスターなんだから。秋山と同じ特別なの、感謝しなさい」
「は、はい……」
困惑しながらも、四条は自分の眷属とちゃんと向き合った。
「よろしくお願いします、ベルさん」
「フンッ、いつかは“さん”も取れるのを期待してる」
それを見ていたテオドールが、クスッと笑って。
「四条、それはお姉ちゃんのいつもする照れ隠しなので、気にしなくて良いですよ」
唐突な妹の横やりに、水色の長いサイドテールを振りながらベルセリオンは慌てた。
「て、テオドール! アンタ、そういうのはこっちの威厳を少しは考慮して言ってよね!」
「お姉ちゃんに威厳とか……ねぇ、ちょっと無理があると思う」
「あったま来た!! 今ここで締め上げてやる!」
仲睦まじい姉妹のやり取りだが、ここは病院なので一旦落ち着いてもらう。
っと、ちょうどその時––––赤く光っていたランプが消えた。
エクシリアの緊急手術が終わったのだ。
「ッ……!!」
扉が開かれると、中から複数の医官とそれに囲まれたエクシリアが出てきた。
血まみれになった移動式ベッドの上で、まだ意識を失っている彼女は人工呼吸器を繋がれている。
「結果は……!」
開口一番で尋ねた透に、手術を担当した医官は表情を崩した。
「成功です。心臓と肺がほぼ機能していなかったので、止血してから人工肺によって全身に血液を流し込みました。かなり大量に輸血したおかげか……途中で脈拍も戻りましたよ」
全員がホッと息をついた。
本来なら執行者の治癒力だけでの回復は絶望的だったが、現代医療の力によって命を繋ぎとめたのだ。
「ただ、死の危険が少し遠ざかったとはいえ、依然危険な状態には変わりありません。意識が回復するまでは集中治療室で大量輸血と人工呼吸を続ける必要があります」
第3エリア攻略戦では、手りゅう弾を飲み込んでもここまで酷くはならなかった。
やはり、ガブリエルの投擲したあの槍に、エクシリアをここまで瀕死にした理由があるのだろうと思考。
ただ、それは後日錠前1佐と話し合えば良い。
今はとにかく––––
「リベンジの夢は叶いそうだな、テオ」
「はい」
隣で嬉しそうにする眷属の小さい肩を叩く。
部屋に運ばれていくエクシリアを見送った4人は、安堵したことによって忘れていた空腹を思い出した。
時刻は午後7時を過ぎており、当然の生理現象だった。
夕飯をどうしようかと思った時、透の携帯に通知が入る。
「あっ、錠前1佐からだ」
メッセージアプリに、錠前からの連絡が届いていた。
『やっほー新海、お疲れ様ー! さっき通り過ぎたんだけど、皆がいるそこの近くで”夏祭り”やってるみたいでさ、良かったらお嬢さん2人を連れて行ってあげたらどうかな?』
いつも通りの軽薄、だが内容は興味深かった。
『夏祭り……ですか、1佐は今どちらに?』
『このアプリ外資系企業だから言えないねー、そんなわけで連絡終わり。楽しんできて!』
顔を上げた透は、四条と目が合った。
戦闘を終え、敵は全て追い払った。
後に残った第1特務小隊の仕事は、もう決まっている。
「久しぶりに……」
「やりますか」
四条はスマホを取り出すと、配信サイトで予約枠を即座に取った。
次回は息抜きの配信回……と行きたいところですが、まだ残っている埃のお掃除を、錠前の親友がするみたいですよ。




