第250話・大天使ガブリエル
「は…………?」
その場の誰もが、信じられないものを見る目をした。
エクシリアを貫いた装飾のある槍は、真っ赤な血に染まった後……地面に突き刺さったまま消え去った。
「ガフッ……!」
大量の血を吐いたエクシリアが、両膝をついて脱力した。
ぽっかりと空いた胸の穴からは、溢れ出すように真っ赤な液体が流れ落ちる……。
「エクシリア!!!」
倒れ行く彼女を支えた透の手に、ベッタリと血が張り付く。
さっき遠ざけたばかりの“死”が、一気に彼女へ襲い掛かった。
虚ろになった瞳で、エクシリアは虫の息になりながら呟く。
「やっぱり……、許してくれないか」
そう言った瞬間、崩壊寸前の結界の頂上付近に光が現れた。
ありえないことに、中から純白の翼を翻した長い金髪の男が出てきた。
その姿は、まるで神話の上位存在––––
「おっ、当たってんじゃーん。さすが僕、投擲スキルをカンストした甲斐があったってもんだよ」
ゆっくり高度を下げながら、その男は軽い口調で楽し気に喋っていた。
すぐさまMCXを持った四条だが、もうマガジンに弾が残っていない。
それは透も同じで、2人は攻撃する武器がもう無かった。
「ダンジョンの子ならともかく、天界所属の君が裏切るのなんて主が許すわけないじゃーん。なにハッピーエンドで済まそうとしてんのかねぇ」
「てめぇっ、誰だよ……」
最大限の語気で透が問う。
その問いに、現れた謎の男は翼をはためかせた。
「初めまして、新海透。簡単に言うならそこでもう死ぬエクシリアの同僚だよ」
「同僚? ダンジョンの執行者か?」
「違う違う、そいつみたいな下っ端の出向じゃなくて、君たちの概念でわかりやすく言うなら正社員だよ」
降り立った男は、丁寧に自己紹介した。
「改めて、僕は天界1等神官ガブリエルと言う。またの名を天界の大天使だよ」
「天使……? 執行者とは違うのですか?」
「全然違うよ四条ちゃん、ダンジョンは我々の下請けに過ぎな……って、これ言って良かったかな」
頭に疑問符を浮かべるガブリエルに、直情から襲い掛かる影があった。
「よくもッ……! エクシリアを!!!」
大きく跳んだテオドールが、全力の『ショックカノン』を頭上から降らせた。
爆風が周囲を薙ぎ払い、瓦礫が四散する。
食らえばひとたまりもない一撃だったが、なんと……黒煙の中からは、無傷のガブリエルが現れた。
「話に聞いてたけど、本当にレベルアップしてるじゃん。この国の食事ってなんかヤバい作用でもあんの?」
ケタケタと笑うガブリエルに、着地したテオドールは舌打ちした。
間違いなく当たったはず、なのに全くダメージが見えない。
「まぁまぁ、僕はその裏切り者を殺しに来ただけであって、君たちに用は無いんだよ。見逃してあげるから、早くエクシリアを置いてどっか行ってくれる?」
「はっ、お断りだね」
「新海くんさぁ、こっちはあくまで話し合いで解決しようとしてんだよ? 暴力はいけないって習わなかった?」
ふと見れば、呼吸をゆっくりと止めていくエクシリアが……か細い声を漏らす。
「ごめ…………なさ、もっと、テオド……に、色々……教えたかった…………」
それが彼女の“最後”の言葉だった。
涙目で手を上にあげていた彼女から、フッと力が抜ける。
透の腕の中で、執行者エクシリアはゆっくりと……半壊した心臓の鼓動を止めた。
「ッ……!!!」
「おっ、やっとくたばったか。いやー執行者はしぶといからねぇ、レア度の高い宝具で心臓を貫いた甲斐があった」
あくまで軽いノリを続けるガブリエル。
透の中で、今まで感じたこともないほどの感情が渦巻く。
嘘偽りなど一切ない、心の底から出た本音––––
「ぶっ殺してやる…………!!!!」
エクシリアの亡骸を降ろした透は、究極の怨嗟と共に吐き出した。
「あっはっは、言葉が汚いよ日本人。じゃあ交渉は決裂ってことで」
その瞬間、大天使ガブリエルは右手を上にあげた。
「召喚魔法––––馳せ参じよ。”鋼鉄竜バルベルク”」
ガブリエルの背後に、建物ほどはあろう大きさの鋼で覆われた竜が顕現した。
咆哮を上げたそれは、今まで相手をしてきたワイバーンとは別格の存在。
「ッ!!」
「君たちの負けだよ、もう本物のドラゴンを相手にする余裕なんてないっしょ」
ガブリエルの言う通りだった。
もう透たちには、武器も魔力も残っていない。
あと15秒もすれば、全員があのドラゴンに殺されるだろう。
「あぁ、確かに無いな」
「おっ、やっと諦めた? じゃあそろそろ死んでもらおうか」
ガブリエルの背後で、バルベルクがブレスをチャージしていく。
そして、テオドールの魔法結界が崩壊したのが同時だった。
「は…………?」
全てが修復され、元の現実世界に戻った。
仕事の完遂を確信していた大天使ガブリエルの前には––––”AH-64Dアパッチ攻撃ヘリ”部隊が、ビルの間で4機ホバリングしていた。
『目標正面、甲種害獣!! 全機––––ヘルファイア全弾発射!!!』
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