第248話・大反撃
「はぁ……しぶといな、まだ意識があるとは」
腹部を数十発も殴られた四条は、黒髪を掴まれた状態で無理やり立たされていた。
あまりにも重すぎる殴打に内臓は悲鳴を上げ、彼女は口から何度も吐血している。
魔力が纏われていたので、ベルセリオンのマスターになっていなければとっくに死んでいただろう。
「もう詰みだよ、君たち」
両手をダラリと下げた状態で、しかし四条は笑みを崩さなかった。
「生憎……ゴホッ、わたし達は負けませんよ。根性だけが取り柄なので」
「日本人らしい泥臭い考えだ、反吐が出るほど醜い思想だね。今楽にしてあげるよ」
拳銃を四条の胸に突き付ける。
後はトリガーを引くだけで、葬り去れると思っていた時だった。
「だあぁ!!!!」
「ッ!?
割り込む形で突っ込んできたのは、ダメージの半分以上を回復したテオドールだった。
次いで走ってきた透が、脱力した四条を支えた。
「四条にこれ以上酷いことをしないでください、この下衆」
完全にブチ切れたテオドールが、全身から威嚇するように魔力を放つ。
攻撃をかろうじてガードした陳は、ビリビリとした感覚を味わっていた。
「…………なぜだ、なぜここまで意識の回復が早い。エクシリアから負った傷は致命傷だったろう」
思わず困惑した陳大佐だったが、ふと彼女のマスター……新海透に目が行った。
彼の口元に付いた”血の跡”を見て、彼はすぐさま確信へ至る。
「ははっ、そういうことか! この女たらしめ!!」
侮蔑も込めた言葉に、透は四条に肩を貸しながら返した。
「緊急措置だ、失礼なやつめ」
弱りきった四条を、透は優しく降ろした。
口元を拭ってあげると、掠れた声で応答してくる。
「ゲホッ……、透さん。ごめんなさい、あんな奴に勝てず…………」
「気にすんな、今日は腹刺された上に、慣れない魔力運用までしたんだ。初っ端からなんとかなる相手じゃない。ここからは––––」
自動拳銃『SFP-9』を装填した透は、凄まじい怒気を孕んだ声を出す。
「俺たちに任せろ」
透の戦闘宣言に、陳はゾッとするものを感じ取った。
「この感覚……、錠前勉とはまた違ったものだね。だが、手負いの眷属が目を覚ましたところで私には––––」
陳が喋り終わるのと、透が発砲するのは同時だった。
彼はすぐさま緊急回避を行うが、すぐ目の前にスニーカーの底が見えた。
「歯食いしばれ」
銃撃を囮に、意識の隙間から肉薄した透が、陳に本気の蹴りを叩きつけた。
「グッ……!!」
魔力でガードしたにもかかわらず、このダメージ!
いや、真に警戒すべきは。
「やっぱり、勘だけは鋭いですね」
背後から繰り出されたテオドールの踵落としが、硬い地面を割った。
急いで距離を取ろうとするが、その動きは既に学習されていた。
「ワンパターンなんだよ」
全力で走りこんで来た透が、陳大佐の顎へ強烈な掌底突きを食らわせた。
顎がヒビ割れ、血が滲み出る。
「まさか……!」
痛みを堪え、陳はすぐさま拳銃による射撃へ移行。
中国トップの彼が、この距離で外すわけがない。
少なくとも、本人はそう思っていた––––
––––ダンダダンッ––––!!!
完璧に直撃したはずだった。
彼ほどの実力者になれば、サイトを使わずとも確信をもって当てられる。
なのに、透はまるで未来を見ていたかのように銃弾の通り道を予測。
最小限の動きでかわし切った。
「浅いんだよ、錠前1佐ならフェイントを必ず入れる」
ここに来て、過小評価していたこの男の能力を思い出す。
「危機察知能力か……!!」
そう、魔力の起こりも無い純粋な透自身の特殊体質。
魔法を中途半端に会得した陳は、まだ膨大な魔力操作に不慣れだった四条やベルセリオンの動きを完全に読めていた。
だがこれは違う、新海透という人間が生まれた時から備え持つ……。
「ぐっ!! ゴホァッ……!!?」
天性の持ち物、察知不能の才覚にして––––あの錠前勉にすら部下に相応しいと認めさせた実力。
四条とベルセリオンの仇と言わんばかりに、透は連撃を決して緩めなかった。
「恨みっこ無しの殺し合いだがな」
蹴りを打ち込んだ後、間髪容れずにジャブを連打。
歯が砕け散り、血潮を吹き出す陳大佐に、透は容赦しなかった。
「大好きな身内を眼前でいたぶられたらさ、隊長として––––タダで帰すわけにはいかねーんだわ」
目つきの極まった顔で、透は全力のパンチを顔面にお見舞いした。
たまらず吹っ飛んだ陳は、瓦礫の山に突っ込むが……。
「まだ、ゴフッ…………終わりじゃ…………」
立ち上がろうとした彼に、透は冷酷に告げた。
「いいや、終わりだよ」
凄まじい寒気が陳を襲った。
透の猛攻で気づかなかったが、もう1人、この戦場において最重要の女を失念していた。
彼の危機察知能力に対処したせいで、今度は”魔力の起こり”を陳は見逃した。
「四条を殴ったこと、お姉ちゃんを叩きつけたこと。全部ひっくるめて」
振り向いた陳大佐を、青白い光が包んだ。
「わたしを怒らせたあなたの敗北です」
「しまっ……!!!」
察知した時にはもう遅い。
さらにダメ押しで、陳大佐の足に光のロープが巻き付けられた。
「やっちゃえ、テオドール」
『バインド・ロープ』によって陳の動きを封じたベルセリオンが、ニッと笑った。
「なっ、あぁ…………!! や、やめろぉ!! 私はまだ、まだ偉大なる祖国への大義を果たしていな––––」
それが、中国最強を誇った男の最期の言葉だった。
「光属性魔法、”暁天一閃”」
執行者テオドールの、本気の一撃が放たれる。
エネルギー充填率は120%、眼前の魔力球を––––強制注入機で殴りつけて発射した。
「出力最大––––『爆雷波動砲』!!!」
空間の破れる轟音が響いた。
指向性を持った全てを消滅させる青い光が、陳大佐を飲み込んだ。
溢れ極まったそれは、自身が作った魔法結界に衝突……あまりの威力に結界を崩壊させた。
その昔……、宇宙戦艦ヤマト完結編で登場した「拡大波動砲」を、「爆雷波動砲」と空耳した人が多発したとか。
もしかしたらテオも……?




