第242話・四条エリカの覚悟
透と四条を乗せた82式指揮通信車は、秋山の住んでいるマンションの駐車場へ突っ込んだ。
時間は1秒でも無駄にできない、錠前1佐の命令に従い––––この作戦は必ず成功させる。
下車したのは四条1人。
「はぁっ、はぁっ!」
日差しが照り付け、ムシッとした暑さが襲う。
汗をかきながら階段を駆け上った四条は、中国軍によって破壊された秋山の部屋のドア前に立った。
「スゥーッ、ふぅ」
深呼吸をしてから、ゆっくり中に入る。
荒れたフローリングを進んでいくと、やがてキッチン兼リビングにいたる。
そこには、予想通り……水色の髪を持った金眼の少女、執行者ベルセリオンがいた。
「新海透じゃなく、……アンタが来たのね」
「はい、がっかりしましたか?」
「別に、まぁそうだろうとは思ってた」
部屋に秋山の姿は無い。
おそらくだが、この状況を見越して出かけているようだった。
さすがは錠前1佐の同期だと感心したが、四条はすぐに本題に入る、
その手には、アサルトライフル––––MCXが握られていた。
「ベルセリオンさん、貴女の妹が現在……別の執行者と戦っています。同じ執行者なら、もう存じているでしょう?」
四条の問いに、ベルセリオンは椅子に座りながら返した。
「そうね、相手はあのエクシリアなんでしょう? だったらもう結論なんて出てるじゃない」
断言する形で、彼女は言い放った。
「テオドールは、間違いなく殺される。天界の出向たるアイツに……人間に過ぎないわたし達では絶対勝てないわ」
「単独ではそうでしょう、テオドールさんだけでは勝てないと誰もが知っています。現に……貴女の説得に使える時間は10分と決まっていますので」
「だったら、わたしじゃなく1秒でも早くテオドールのところに行ってあげるべきね。言っとくけど、わたしはアンタ達自衛隊を信頼していない。心を許したのは秋山だけよ」
「そう……でしょうね」
苦虫を嚙み潰したような顔をした四条は、MCXをゆっくりとベルセリオンに向けた。
銃に取り付けられたドットサイトが、彼女の顔へ狙いをつける。
「上からの命令は1つ、ここで貴女が協力的な姿勢を見せなければ……即刻”射殺”せよと命じられています」
「……それは新海透? それとも錠前勉の命令?」
「2人からです、敵対的な異世界人を国に置いておくことは……自衛隊として決してできないのです」
「フーン、じゃあわたしも抵抗させてもらおうかしら」
席を立ったベルセリオンは、属性の付与されたナイフを具現化させた。
四条との間で、殺意がぶつかり合う。
「秋山のように覚悟も示せないヤツに、わたしは絶対従わない。しょせんアンタも、わたし達執行者と同じ––––ただの暴力装置なのよ」
四条がMCXのセーフティを解除するのと、ベルセリオンが肉薄するのは同時だった。
勝敗の確率は九割九分で、四条が勝てる戦いだ。
既に狙いを定めていた銃から、後は弾丸を発射するだけ。
今の四条に、迷いは無かった。
––––パシュッ––––
リビングに、赤い血がビチャビチャと零れ落ちた。
MCXから煙が上がったと同じく、ベルセリオンは困惑に包まれた。
「…………なんでよ」
MCXが、音を立てて床に落ちる。
弾丸は彼女を掠めてもおらず、ただ壁に穴を開けただけであった。
そして––––
「けほっ……」
腹部をナイフで刺された四条が、膝をつきながら血を吐いた。
生暖かいそれが、ベルセリオンの手に張り付く……。
「意味わかんない、なんで当てなかったのよ……」
「さぁ……、自分でも正直わかりませんね。けどあそこで当ててしまったら」
未だ自身の身体に突き立てられたナイフを抜こうともせず、四条は優しい笑顔でベルセリオンを見つめた。
「仲間に会わせる顔が、無いと感じたんです」
「自己満足ね、意味のない……虚しい感情だわ」
ナイフがさらに奥へねじ込まれる。
「うぐっ……!」
四条を感じたこともない激痛が襲い、口から鮮血が流れ落ちるが……彼女の顔はとても安らかだった。
なぜこの自衛官は今際の際でこんな顔をする、なぜ遂行できた命令をエゴで放棄した。
疑問符だらけとなったベルセリオンだが、四条の表情に……重なる何かを感じ取った。
それは、先日自分を死の淵から救ってくれた恩人と同じもの。
「まさか……、これがアンタの覚悟ってわけ?」
「げほっ……えぇ、秋山さんは……命を懸けて貴女の心に訴えかけました。だから、痛みを怖がっての説得など、絶対聞き入れられないでしょうから」
「ば、バカじゃないの!? だからって普通素直に刺される!? 日本人はそんなに命を軽く見てるわけ?」
「いえ、これがわたしの、個人的なエゴだからです……正直人生で刺されることになるなんて、一度も考えたことはありませんでした」
四条の体温が徐々に下がっていく。
既に出血量は致命的であり、せっかく透に選んでもらったお気に入りの服は血まみれだった。
それでも彼女は––––四条エリカは、自衛官としてその任務に忠実だった。
「お願いします、ベルセリオンさん……どうか、日本のためとは言いません。貴女の妹を助けるために、1回で良いから……ゲホッ。力を貸してください」
「ッ……!!!」
昔、自分が生まれた故郷の世界で誰かに言われた言葉があった。
『死んで何かを得ようとする者は信用するな、けど……死ぬ気で何か突き通す覚悟を持った者には応えてあげなさい』
もはやそれを言ったのが誰だったか、記憶のかけらは答えてくれない。
しかし、眼前の女は……間違いなく後者の人間だった。
秋山と同じ、死ぬ気でエゴを突き通す覚悟を持った人間。
ベルセリオンは息を吐くと、一言つぶやいた。
「出血を止めるわよ、火で焼きながらナイフを抜くから……かなり痛いけどちょっと我慢して」
直後、ナイフを高温の炎が覆った。
「あっ……、ぐぅッ……!! くはっ…………」
ナイフが抜かれると同時に、出血も止まった。
呼吸も難しくなる痛みで涙を浮かべた四条だったが、そのしずくをベルセリオンは優しく拭った。
「言ってみなさい、アンタは––––わたしに何を望むの?」
お腹を抑えた四条は、表情をしっかり整えてから、ハッキリと答えた。
自衛官の任務のため、テオドールという同胞を守るため、ベルセリオンを保護するため、そして……狂おしいほど大好きになってしまった男と並び立つために。
「ベルセリオンさん、わたしを貴女の……”マスター”にしてください」
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