第232話・坂本の情緒、覚悟の時
透の思惑通り、関東の人間を強制的に新宿から引き剥がす作戦は成功した。
6割がテオドール&ミーナのペアを追いかけ渋谷へ、4割が坂本&久里浜のいるところへ。
そんな4割が押しかけた横浜で、坂本と久里浜は現在––––
「はーっ、楽しかったー。100キルくらいできたかしら」
「お前容赦なさ過ぎだろ、相手はサバゲーマーとはいえ一般人だぞ」
2人を探す群衆を出し抜く形で、坂本と久里浜はタクシーに乗って移動していた。
配信に映ったことによるバズは想像の遥か上を行くものであり、電車による移動は困難と判断。
一路ホテルを目指すべく、お金はかかるがタクシーという手段を取った。
「良いじゃない、みんな喜んでくれたわよ?」
「まぁそうだけど、サバゲーマーってみんなあんな感じなの?」
「基本はね、そもそもBB弾撃ち込まれるのを趣味にしてるんだから、変わり種が多いのは普通じゃん?」
そう言われてしまうと、坂本としては何も言い返せなくなってしまう。
実際、今日のサバゲはみんな本当に楽しそうだった。
最初はあまり乗り気ではなかった坂本も、午後になると結構ガチってしまっていた。
久里浜とは、こいつとだけは趣味なんて合わないと思っていたのに……結果はこうである。
ふと横を見てみると、バッグを床に置いた久里浜がご機嫌そうに足を振っていた。
ショートパンツから出たそれは非常に白くて細く、肩に至るまで華奢そのもの。
茶髪を下げた姿はどこか陽キャっぽくも、本質はおそらく自分と似た者同士。
そもそも、こんなに可愛いヤツがなんで嫌いなはずの自分とサバゲに行きたがったのだろうか。
「お前、僕のことからかってないよな?」
「は? なにそれ。微塵もそんなつもり無いけど」
坂本は思わず久里浜の顔をじっと見つめた。
彼女の目は真っ直ぐで、とても冗談を言っているようには見えない。
「だってさ、ダンジョンに来てすぐはそんなに話したことなかっただろ? なんか、急に親しげになったっていうか……」
久里浜は笑って肩をすくめる。
「別にいいじゃん、人と仲良くなるのに理由なんていらないわよ」
その瞬間、坂本の心の中に何かがカチッと嵌まる音がした。
欠けてたピースが見つかったような、歯車の動きが解消されたような。
彼は深呼吸してから言った。
「まあ……そうだな。今日は本当に楽しかったし」
「にへへー、なら良かった」
喋っている内にタクシーはホテルへ到着し、2人はフロントでチェックインを済ませるために歩いた。
もちろん、ここに至るまで2人の正体に気づきつつも……あえて運転だけに集中してくれた運転手さんには、アプリで高評価を押しておいた。
エスカレーターの上で、久里浜はまた足を軽く振りながら「ねえ、明日はどうするの?」と聞く。
「うーん、まだ考えてなかったけど……せっかくだし、横浜観光でもするか?」
「いいわね! じゃあ、朝早くから出かけましょ! 中華街でご飯とか」
久里浜の楽しげな提案に、坂本も自然と微笑みを返す。
「それも悪くないな」
ロビーに着くと、久里浜はようやく気が抜けたようだった。
「ふぅー、やっぱ疲れたー!」と伸びる。
坂本もソファーに腰を下ろし、今日1日の出来事を思い返していた。
「お前、本当に楽しそうだったな」
坂本が言うと、久里浜は座ったままにやりと笑った。
「だって、サバゲーも楽しかったし、アンタと一緒にいると面白いんだもん」
その言葉に、坂本の心は軽く跳ねた。
嫌いだと思っていた相手が、実は自分と同じように楽しんでいたことが……どこか嬉しかったのだ。
そして、気付かないうちに久里浜の存在が自分にとって、大切なものになりつつあることに気づいた。
「じゃ、じゃあ……明日もよろしくな」
坂本は逃げるように、フロントへ受付に行った。
あとは別々に取ってあった部屋へ、チェックインするだけ。
久里浜と交わしたホテル代奢りの件は、公務員ではあるがプライベートなので、今回は許されるだろう。
潔く、クレジットカードで2人分を支払おうとしたところ……。
「大変申し訳ありませんお客様」
フロントの係さんが頭を下げる。
「こちらの不手際で、お客様のお部屋が手配できませんでした……。一応空いている別部屋が1つあるので、本当にすみませんがそこへ移ってもらえませんでしょうか。もちろんお代は安くさせていただきます」
係から見せられた部屋の写真は、比較的大きくて……かなり豪華。
お風呂も湯船と洗い場が別々になっており、文句は無い。
そして、ダブルのベッドが1つだけ置いてあった。
問題は……その部屋1つしか用意できないという部分だった。
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