第228話・ベルセリオンの本音
ベルセリオンは困惑していた。
台所の椅子にちょこんと座った彼女は、目の前に並べられていく料理に思わず固まる……。
「ジャーン! 秋山特製の手料理コース! 異世界人の子に振る舞うとは思って無かったけど、口に合わなかったら遠慮なく言ってね!」
笑顔が美しい秋山が並べた食事は、主菜の具沢山肉じゃがを始めとして中盛りの白ごはん、彩りの豊かなサラダ。
さらにはマッシュポテトと、キンキンに冷えたお茶という物。
もう2週間近く飲み食いしていないベルセリオンにとっては、匂いだけでよだれが止まらない。
「今すぐ食べたい気持ち、わかるわよ? でも少し待ってね……日本では食事の前に、感謝を込めてやることがあるの」
そう言って、対面に座った秋山は両手をスッと合わせた。
「いただきます」
一見なんの変哲もない動作。
だが、ベルセリオンからすれば非常に不可思議で……とても美しいものに見えた。
今まで食事なんて、栄養さえ最低限摂れれば良い。
ましてや、感謝など微塵もしたことがなかった。
けれど眼前の日本人は、並べられた食事を前に敬意を捧げているようにも見える。
「…………っ」
ダンジョンの侵攻する世界を決める基準は、マスターが定めた信仰力指数によって左右される。
神への信仰は、その民族の力そのもの……。
だから、信仰力が“0”しか出なかった日本が選ばれた。
しかし……、ここに来てベルセリオンはハッキリと確信する。
「い、いただきます……」
自らも手を合わせ、真似をするように……幾日かぶりの食事へ、これを用意してくれた秋山へ、全ての過程へ感謝を念じた。
今なら断言できる、あの0という数字は……間違いなく別の意味を示していたと。
肉じゃがの牛肉を、ジャガイモと一緒に頬張った。
「モグッ……」
瞬間、ベルセリオンの思考は停止した。
「ふえ……………………?」
彼女の脳内に、これまでして来た食事の風景が走馬灯のように流れた。
カビカビのクッキー、乾燥したキューブ状の肉塊、苦い葉っぱ……。
そのどれもが、今口にしている秋山の手料理に届くどころか那由多の彼方の差があった。
気がついた時には白飯を口に放り込んでおり、噛んでから一気にコップのお茶を飲み干す。
計測不能の幸福感、多幸感が……ベルセリオンの脳を破壊した。
「良かった、口に合ったみたいで」
笑顔でそう呟いた秋山は、空になったコップへ冷えた麦茶を注いでくれた。
ベルセリオンの中で、今まで敢えて目を逸らして来た感情が溢れてくる。
濁流となったそれは、彼女の脆弱なダムを簡単に決壊させた。
「ヴッ……、グスッ」
10日以上ぶりの食事、エアコンの効いた快適な室内、気持ちの良いお風呂。
何より、眼前で世話を焼いてくれる秋山が……、これまで必死になって殺そうとしていた日本人という事実。
自らが行っていた愚行が、いかに愚かで愚鈍であったか……容赦なく突き付けられた。
「エグッ、ウエェエエエエッ…………!!」
とうとう大号泣を始めてしまったベルセリオンを見て、秋山は優しくティッシュで目元を拭いてあげる。
「辛かったねー、よく頑張った。もう安心して良いよ。ご飯だって逃げないからさ」
「アグッ……、ひっく! ちが、違うの……!!」
たまらず嗚咽を漏らしたベルセリオンは、両頬に大粒の涙を流しながら……押し出すように喋る。
「わたしは日本人を……グッ、ふぐぅッ。ずっと殺そうとしてた侵略者なのに……、悪魔の人間なのに、なんでこんなに優しくするのぉ!!」
彼女をこれまで支えていた執行者としてのプライド、マスターからの教えが全て崩れ去る。
侵略者として、生死の定めは勝者が決めていた。
日本人は劣等人種で、最悪の民族だとマスターから教わってきた。
けれども今日……、その根幹が完全に崩れ去ったのだ。
「死ぬかと思った……! ずっとずっと地下から出られなくて怖かった!! お腹が空いて喉も乾いて、でも秋山が……グスッ、自分が殺そうとしてた人間が……助けてくれた。こんなに優しいなんて知らなかった!! こっ……んな、美味しいご飯を食べる権利、わたしには無い!! あんな気持ちの良いお風呂に入る権利も無い!! もう、どうすればいいかわかんないッ!!!」
胸のグチャグチャを全て吐き出したベルセリオンに、秋山はあくまで優しく接した。
「ううん、違うよベルセリオンちゃん。悪いのはあなたじゃない」
「違うぅ……!! わたしは侵略者で、とっても悪い人間で、秋山みたいな人に助けられるのが間違いなの!!」
「間違いじゃない、だってベルセリオンちゃんは“そう命令”されたから、小さい頃からそう教えられてきたから……気づかずやってきちゃっただけ。本当に悪いのはね––––」
今までほんわかした口調の彼女が、ここに来て初めて怒りの感情を現した。
「君やテオドールちゃんを侵略の道具にした、悪い“大人”だよ」
「ッ……!!」
「子供なんだから間違えて当たり前、異世界で育ったなら日本の価値観の方がイレギュラーだと思う。ましてそんな大人が君をナイフみたいに育てたら……なおさらよ」
「ヒッグ、でもぉ……っ」
「君みたいな子供が生まれちゃうのはね、私たち大人の責任なの。間違いに気づいたならやり直せる、生じた問題は……ちゃんと大人が責任を持つ。ベルセリオンちゃんが全てを背負う必要は無い」
秋山はニッと笑った。
「まぁ全部大学の同期の受け売りなんだけどね、けど今は……ちゃんとご飯をいっぱい食べて。元気をつけよう? お話もいっぱい聞くからさ。少なくともわたしは、君が背負ってる重荷を一緒に持ちたいな」
赤い顔で何度も頷いたベルセリオンは、涙をこぼしながら食事を再開した。
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