第227話・初めての日本式お風呂!
「はぁっ! ハァッ……! なんとか、ゼェッ、辿り着けたわね」
現実ではない、フィクションのような銃撃戦から逃げて来た2人は、なんとか新宿区内のビルへ逃げ込んでいた。
秋山が鍵を開けると、茶色のドアが開いた。
「まだ安全かは知らないけど、ひとまず入って」
「う、うん……」
ここは秋山の住むマンションだった。
封鎖された新宿駅の半径4キロ以内にあったので、真島の張った検問にも引っかかっていない。
っというか、“敢えて”残している。
「お、お邪魔します……」
靴を脱ぎ、慣れないフローリングの床を踏みながら入った。
初めて入る未知の空間に恐れながらも、ベルセリオンは奥へ進んだ。
「じゃあベルセリオンちゃん、まずお風呂入ろっか」
「お風呂? こんな高いところまで井戸水が通っているのね……」
「違う違う、井戸水じゃなくて水道だから」
軽く笑う秋山に連れられ、彼女は浴場へ案内された。
その間も、ベルセリオンの中では疑念が残り続けている。
––––命を落としそうになったのに、どうしてこんな平静を装えるのだろう。
もしかしたら、今までの優しさは演技で……自分を利用しようと?
「じゃあその大きいマントと、服も全部脱いじゃおっか」
「ふえっ!? 秋山も一緒に入るの!?」
「あっはは、違うわよ。ベルセリオンちゃんはシャワーの使い方知らないでしょ? レクチャーしてあげるだけ」
「むっ、むぅう……」
不承不承ながらも、ベルセリオンは警戒を続けながら着衣を脱いで行った。
今まで身長並に大きいマントを着ていたせいか、現れた彼女の体は予想以上に華奢だ。
ドアを開けて入ると、既に溜まっていた湯船のお湯から発生した蒸気が、ムワッと2人を包む。
当然であるが、ベルセリオンは驚愕した。
「あ、アレ……水じゃない!?」
「当然よ、じゃあシャワーから始めましょうか。そこのレバーを奥に押してみて?」
言われるがままに押すと、ホースで繋がった発射機のような物から一気にお湯が飛び出した。
「えっ、なにこれ……あったかい」
今まで井戸水でしか洗ったことの無い彼女にとっては、既にファンタジーも良いところな状況。
だが、秋山は特に気にするでもなくボトルを並べていった。
「こっちに昨日買って詰めたばかりのシャンプーとトリートメント、ボディソープがあるから。上を押し込めば出るわよ」
「は、はい……」
「全身を洗い終わったら湯船にどーぞ、じゃあわたしはお昼ご飯の支度してくるから」
それだけ言い残し、秋山はどこかへ行ってしまった。
5秒ほど固まったベルセリオンだが、意を決して温水を頭からかぶる。
「ふ、ふえぇ…………!」
肌に対して最適の温度に保たれたお湯が、非常に良い水量で出され続ける。
今まで井戸水で洗っていたのが、まるで信じられない……とてつもないカルチャーショック。
まさしく新時代、新世界だった。
髪を濡らし終わると、次はシャンプーを出して髪を洗い始める。
「えっ、なにこれ……めっちゃ良い匂い……。神の香水?」
美容室の店長がセレクトした高級シャンプーは、8月の猛暑で汗を蓄えた彼女の頭部を、綺麗さっぱり洗い流した。
あまりに爽快だったので、変なニヤニヤが途中から止まらなくなっている。
トリートメントも済まし、お次はいよいよボディソープ。
こちらも、肌に当たった瞬間に優しい感触で泡を大発生させた。
無我夢中で汚れた体を擦っていき、トドメにまた温水シャワーで全身を洗い流す。
全ての工程が終わった頃には、完全に清潔で良い匂いとなったベルセリオンがいた。
「あ、秋山はこのお湯に浸かれって言ってたわよね……」
夏に避暑として水風呂に入ったことはあったが、お湯というのはまずあり得ない。
慎重に、ゆっくりと……足先から湯船に身体を入れていき……。
「ふえ…………」
浴場に鳴き声が響いた。
肩までたっぷり浸かったベルセリオンは、今まで感じたことのない極楽浄土へ到達。
疲労で満身創痍だった身体へ、適温のお湯がほぐすように揉み溶かしてくれる。
まさに神の生活……、その一端にベルセリオンはねじ伏せられていた。
30分たっぷり湯船を堪能したベルセリオンが外に出ると、洗濯機がゴウンゴウンと回っていた。
中には、さっきまで彼女が着ていた執行者制服が入っている。
代わりに、バスタオルとパジャマが置いてあった。
「ごめんベルセリオンちゃん! わたし独身だから子ども用のお洋服が無いのー! ちょっと大きいけどそれ着てくれる?」
台所から届く秋山の声。
見下ろせば、確かに下着と着衣があったが……。
「あのー、秋山ー。ズボンかスカートは……?」
「もう一回ごめーん!! 君のウエストに合うやつが無かったから、わたしのTシャツで済ましてくれる〜? ベルセリオンちゃんの身長ならワンピースみたいになるから多分大丈夫ー!」
「た、多分って……なんていい加減な……!」
とは言っても背に腹は代えられないので、言われた通りに下着の上から半袖のシャツだけを着た。
裾の丈はちょうど太ももくらいになっており、まぁ確かに中が丸出しでは無いが……普段マントで厚着していたので、なんとも心許ない。
だが、ここは秋山の家の中なので不安は無かった。
それどころか、無い服を貸してくれるだけでも感謝せねばと思い至る。
「出たわよ」
「あっ、おかえりー。って……やっぱりちょっとシャツ小さかったかな。足結構出ちゃってるけど大丈夫?」
「ふん、こんなのでいちいち気にしないわ」
「なら良かった。ちょうどご飯の用意ができたから椅子にどうぞ」
今になって気づく。
シャンプーの匂いで誤魔化されていたが、秋山の持って来た鍋から殺人的なまでの良い匂いが溢れ出ている。
「昨日の残り物で申し訳ないんだけど、肉じゃが作ったんだ。食べられる?」
ベルセリオンが答える前に、彼女のお腹が情けない音を立てて鳴った。
「ッ……!! これは!」
「フフッ、恥ずかしがらなくても大丈夫。さっ、食事にしましょう!」
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