第225話・新宿ダンジョン
「あれだけいた人が全くいなくなった……、どういうこと?」
––––新宿駅。
日本の誇る最難関ダンジョンと言われるここで、ベルセリオンは何日も彷徨っていた。
転移してすぐ、雨風を凌ぐために入ったのが最後……。
どこをどう歩いても出口に辿り着けず、かと言って転移魔法も魔力切れで使えない。
完全に迷子と化した身で、彼女は絶望の淵に立たされていた。
「っていうか、どこよここぉ……。歩いても登っても、下っても外へ一向に出られない……日本にこんな迷宮があったなんて」
再び上げていた顔を突っ伏し、体育座りで動かなくなる。
もう一生ここから出られないのか? そもそもなんでいきなり人が消えた? 何がどうなってるのか訳がわからない。
恐怖、寂しさ……あらゆる負の感情がドッと押し寄せて来た。
「ッ……、グスッ」
溜まっていた感情が、とめどなく溢れてくる。
必死に止めようとしたが、LEDの下でベルセリオンは遂に我慢の限界を超えた。
「エグッ、ウェエ……! うっ、ヴヴヴゥゥヴヴ……!!」
誰もいなくなった地下で、1人号泣し始めてしまった。
完全に決壊した感情の濁流を、もはや止める術は無い。
なんで自分がこんな目に、なんでこんな怖くて辛い思いをしなくちゃならないの。
「お腹空いたぁ! 喉乾いたァ!! もうヤダァ! 早くお部屋帰りたいー!!」
嘆きが通路に虚しくこだます。
自分はこの迷宮で死ぬんだろうか、何もできず……飢餓に苦しんで。
そんなの、そんなの……!
「ねぇあなた……ひょっとして迷子?」
「ッ!!?」
突然声がかけられた。
真っ赤に泣き腫らした顔を上げると、そこには1人の若い女性が立っていた。
「ふ、ふぇ…………」
「あー大丈夫! 怖がらないで、あなた異世界人の女の子よね?」
なんの脈絡もなく、女性はベルセリオンの正体を見抜いていた。
もはや逃げる気力も無い彼女は、殺される覚悟で聞き返した。
「な、なんでそれを……?」
「なんでって……、髪や目がどう見ても日本人のそれじゃないし。どこかテオドールちゃんと似てるのよねぇ」
なぜ妹の名がと思った時、女性は正体を明かした。
「わたし、美容室の店長なんだ。前にテオドールちゃんの髪を切ったことあるから」
「ッ!?」
そう、彼女はまだテオドールが敵だった頃……日本に染め落とすために連れて行った美容室。
そこの店員だった。
ベルセリオンは呆然としたまま、その女性を見つめた。
目の前に立つ彼女は、優しげな微笑を浮かべ、こっちの全てを知っているかのように振る舞っている。
「テオドールの……髪を切った?」ベルセリオンの声は震えていた。
「そうよ。彼女……最初は少し警戒してたけど、すぐに打ち解けてくれたわ」
女性は軽く頷きながら話を続けた。
「改めて……私の名前は秋山美咲。ここ新宿の美容室で店長をしてるの。最近はテオドールちゃん効果でお店が大繁盛中」
「秋山……美咲?」
ベルセリオンはその名前を心に刻み込んだ。目の前の彼女が唯一の希望の光に思えたからだ。
この絶望しか無かった迷宮の奥深くで、現れた唯一の救い……。
「わ、わたしは……ベルセリオン」
「じゃあベルセリオンちゃん、早速だけど立って。迷って出られないんでしょう? 私が案内してあげる」
秋山は手を差し伸べ、ベルセリオンを励ました。
その優しい声と温かい手に触れた瞬間、ベルセリオンは再び涙をこぼしたが、まだ信用できないという心の天秤が揺れた。
「し、信じたわけじゃ無いから……!!」
秋山は微笑みながら彼女を引き起こし、二人で出口を探し始めた。
歩きながら、彼女は新宿駅の複雑な構造について話し始めた。
「新宿駅は迷宮と言われるだけあって、本当に複雑なの。地下道がいくつも交差していて、一度迷うと出るのが難しい。でも、出口はちゃんとあるわ」
ベルセリオンはその言葉に励まされ、前を見つめた。
2人はゆっくりと進みながら地下道を抜け、やがて一筋の光が見え始めた。
「あそこに出口があるはずよ!」
秋山が指差した先には、かすかに陽の光が差し込む通路があった。
ベルセリオンの心は希望に満ち、足取りも軽くなった。
後はその光を目指して進み続けるだけだ。
いよいよ出口。
地獄の底へ垂らされた1本の糸は、本当に信頼できるものだった。
やっと外に出られる。
そう確信した時–––
「えっ?」
通路の奥から、大勢の男達が走ってきた
彼らはベルセリオンと秋山を捕捉すると、手に持っていた“アサルトライフル”を一斉に発射した。




