第219話・テオとミーナの食べ歩き
時は少し遡って30分前。
新宿4丁目を歩いていたのは、周囲にバレないよう私服に身を包んだテオドールと、エルフのミーナだった。
「て、テオドール様ぁ……! なんですかこの国の帝都は、暑すぎますよぉ〜!」
ビルとアスファルトに反射した熱をモロに食らい、第3エリアという極寒の雪山にいたミーナは、完全にバテていた。
しかし、それを引き連れるテオドールは汗をかきながらも冷静に告げた。
「っと言われましても……東京ではこれが普通です、わたし達はまだ魔力で多少暑さをカバーできるんですから……贅沢はダメですよ」
「でもこの都市、色々と規格外過ぎませんか? 超巨大な建物や鉄の車……、もう何が何やら……」
「ミーナ、もう少しの我慢です。あと少し歩けば極上のスイーツが食べられますから」
「ふえぇ」
振り返ったテオドールが、しょうがないと腕を引っ張った。
これでは、もうどちらが護衛なのかわからない。
日本にすっかり馴染んだテオドールは、小冊子に付いた地図を見つめる。
「この先に……、あっ。ありましたよミーナ!」
テオドールが指差した先には、1件のビル。
中に入ると、そこは映画館も内包した複合施設のようだった。
「こっちです」
早足でミーナを引っ張って歩いて行く。
ここに来るまでに正体がバレる可能性はあったが、さすがに東京の人混みで銀髪やエルフの長耳を覆えば、それなりに隠し通せた。
他人から見れば、ただ子供が歩いているだけに過ぎない。
「こ、ここは……?」
ミーナが見上げた先には、お店の看板があった。
内容は“焼き立てシュークリーム”というものだ。
「記念すべき一食目は、これを食べますよミーナ!」
「しゅ、シュークリーム……? いやいやテオドール様、そんなの2個前の世界でもあったじゃないですか。今さらじゃないですか?」
ダンジョン勢は基本貧食だが、ミーナは直接ベルセリオンに仕えていたこともあり、そこそこ優遇されていた。
なので、今さらシュークリーム程度で驚くなどあり得ないのだが……。
「フフン、日本のシュークリームは……全く別次元ですよ?」
「まぁテオドール様が言うなら……」
渋々承諾。
レジにしばらく並んで、やがて順番がやってくる。
「すみません、釜焼きシュークリームを2個ください」
「はい釜焼きね、450円」
「500円でお願いします」
「ありがとう、ちょっと待っててねー」
なんの問題もなく売買を行うテオドールを見て、思わずミーナは尋ねた。
「て、テオドール様……いつの間にそんなに馴染んで……」
「これくらい常識ですよ、ミーナも日本に住むなら通貨の概念は勉強しておいてくださいね」
「は、はい!」
やがて、袋に包まれたシュークリームが渡された。
ちょうど良いところにベンチがあったので、2人仲良くそこへ座る。
「ふむふむ、では食べる前にまず仕事をしましょう」
「仕事?」
「これです!」
ドヤ顔でテオドールが取り出したのは、透と同じ業務用スマートフォンだった。
「こ、こんな薄い箱で何を……?」
「これはスマホというやつで、まぁ……ダンジョンで言う魔導具のような物です。使い方は透から一通り教わりました」
言うが早いか、彼女は早速カメラを起動して––––
「さっ、ミーナ。一緒に写真を撮りますよ」
「写真!? こんな小さな箱で!?」
「地球では普通のことですよ。さっ、フードは脱がずに耳が見えるようにしてください、わたしも銀髪を写しますので」
2人で密着し、シュークリームを手に笑顔でツーショット。
異世界の執行者とエルフが並んだ、浮世離れした写真が出来上がる。
「よし、じゃあ……」
袋を全部開け、いよいよ待望のシュークリームとご対面する。
「いただきましょう」
しっかり両手を合わせてから、まずテオドールがシュークリームにかぶりついた。
瞬間––––
「ほえぇ……っ」
非常に幸せそうな顔で、テオドールは堪能した。
釜焼き特有のサクッとした食感に続いて、極上に甘いカスタードクリームが舌を包み込むのだ。
思わず柔らかいほっぺを押さえ、幸福いっぱいな表情で舌鼓を打つ。
そんなテオドールを見て、ミーナも覚悟を決めた。
「……はむ」
控えめに一口。
どうせ前の世界と一緒だろう……、テオドール様がオーバーなだけだと思っていた彼女は。
「ほわぁあ……っ」
直後に襲いかかって来た甘味の暴力に、呆気なく陥落した。
「な、なんですかこれ……! わたしが今まで食べて来たお菓子って、全部腐ってたんですか!!?」
「日本の食事は今までの世界と……モグッ、全然比べものにならないと言ったでしょう?」
「これは次元が違い過ぎます!! モグッ! ハグッ!」
夢中でシュークリームをがっついていると、横からテオドールがスマホを向けた。
「な、なに撮ってるんですか……?」
「ミーナのリアクションを記録しておこうと思いまして……、わたしだけほえほえ言って威厳が無くならないためです」
意外とセコい上司はさておき、ミーナはシュークリームを完食した。
あまりに美味しすぎて、あっという間に至福の時間は通り過ぎる。
ふと横を見れば、テオドールは味わいながらゆっくり召し上がっていた。
「むふぅ……、モグッ。ほえぇ」
幸せを噛み締める横顔は、同性のミーナでもってもドキドキした。
あまりに可愛すぎたので、つい横からほっぺをつついてみる。
「柔らか……」
「ほえ?」
「あっ、し! 失礼しました!! わたしなんかがテオドール様のほっぺを……!」
懺悔するミーナに、シュークリームを食べ終わったテオドールが微笑む。
「構いませんよ、それくらいで怒るほど短気ではありません。じゃあ次の場所に行きましょうか」
「は、はい!」
立ち上がり、ビルから外に出る。
5分ほど歩いたところで、テオドールは再びスマホを取り出した。
「さて、では予定通り呟くとしましょうか」
彼女は短文投稿アプリのSNSを開くと、第1特務小隊の共有アカウントでログインした。
まだ作ったばかりの、無名状態だ。
小さな指で不慣れながらも、さっきの写真を添えて投稿した。
『こんにちは! 初の小隊公式ツイートは東京での旅行を上げさせてもらいます! 本日はわたしと護衛のエルフで、グルメ満喫旅を行う予定です。よろしければフォローお願いします!(テオドール)#東京、#異世界人旅行』
「完了です、じゃあここから離れましょうか」
とは言っても、所詮作ったばかりのアカウントだ。
世間が気づくのはどうせ明日くらいだろう、っと……さっきのシュークリームばりに甘い考えで、2人は次の目的地へ向かった。
––––10分後、このアカウントのフォロワー数が“10万人”を一瞬で超え、東京中が未曾有のお祭り騒ぎになることを……まだ彼女たちは知らない。
そしてそれは、横浜へ遊びに行った2人の自衛官にも多大な影響をもたらす。
今回のテオは、ちょっと先輩風吹かしてます




