第216話・錠前唯一の親友、真島雄二
新宿4丁目で他の特戦員と別れた錠前は、まっすぐ近くにあった喫茶店へ入った。
もちろんだが、私服姿にMP7や装備が入ったリュックを背負って。
早速、愛想の良い女性店員が話しかけてくる。
「いらっしゃいませ、1名様でしょうか?」
真っ黒なサングラス越しに2秒ほど見つめた錠前は、女子高生が1発で惚れそうな笑顔で応答した。
「いや、真島という客の席に行きたいんだが」
あまりに顔が良いので、店員の顔が赤くなる。
「あぁ、で……でしたらあちらの席でございます」
「うん、ありがと」
店員に教えてもらった席に行くと、1人の成人男性がスーツ姿で座っていた。
ミックスジュースを一口飲むと、彼は錠前に目を向けた。
「おっせぇぞ勉、4分の遅刻だ。怒りはしねぇが……相変わらず俺への遅刻癖は直ってないな」
そう呟いた男は、軽くヒゲをたくわえた30手前の人間。
開口一番で文句を言われた錠前は、普段部下に見せないほどご機嫌に返した。
「久しぶり雄二、もう10年くらいかな……防大卒業してから変わったね。遅刻するのは君相手だけだから安心してくれ」
「それで安心するバカがいるかよ……」
対面に腰掛けた錠前に、とりあえずメニュー表を差し出す。
自然に受け取った錠前が、改めて問うように尋ねた。
「本当に久しぶり。今は警察庁、公安部 外事課 第三係 係長……だっけ? さすが雄二だ、その歳では異例のキャリアじゃないの?」
「それを言うならテメーもだろ、勉」
ジュースを飲んだ真島は、黒髪をかきあげた。
「陸上自衛隊 特殊作戦群 元特戦第一中隊長。現在は配信で話題の第1特務小隊監督官……だったか?」
「へぇ、僕の身分は一応極秘扱いなんだけどな……よく知り得たね」
「警察を舐めんな、そもそも公安最大の敵が誰か……わからんお前じゃないだろう。勉」
「さぁ、知らないね。僕が知ってるのは……雄二。君が自衛隊を見限って警察に行った事実だけだ」
店員を呼び止め、とりあえずアップルジュースを頼む。
注文が終わると、錠前は背もたれにかけながら聞いた。
「なぜ僕と一緒に入隊しなかった? 雄二……君は僕と唯一“タメを張れた”親友だと思ってる。現に、防大の成績では互角だった。能力的に特戦だって行けただろうに」
「わかってるよ、俺たちは2人で最強だった。あの青春は今でも大事にしてる。任官拒否だって誇れることじゃない」
「なら––––」
真島はしばらく黙ったまま、錠前の顔を見つめていた。
彼の目には、過去の思い出がよみがえっているようだった。
ゆっくりと、彼は深呼吸をしてから言葉を続ける……。
「俺が自衛隊に入らなかった理由……それは単純なものじゃないんだ、勉。確かに、防大での俺たちの成績は互角だった。お前と一緒に特戦に行ける自信もあった。でも、俺は自衛隊が抱える問題を目の当たりにして、呑気に入隊することはできなかった」
錠前は眉をひそめた。
「別の道ねぇ、それで自衛隊ではなく警察に?」
真島はゆっくりとうなずいた。
「ああ。自衛隊の内部にはびこる危険思想や、政治的な干渉、そして何よりも軍事組織としての透明性の欠如……それらを監視する組織が日本には必要だ。それで俺は警察に行くことを決めた。公安部に入ったのも、国家の安全を守るためには、外部からの脅威だけでなく……内部の問題にも対処する必要があると考えたからだ」
錠前はしばらく考え込んでいたが、やがてゆっくりと頷いた。
「理解はしたが納得はしないよ、雄二。君が何を考え、何を目指しているのかは知らない。だけど、それでも僕は可能なら君と一緒に戦いたかったよ。雄二となら、どんな困難も乗り越えられると思っていたから」
真島は微笑んだ。
「勉、俺たちは別々の道を選んだが、目的は同じだ。国民の安全を守ること。むしろお前が自衛隊に行ってくれて俺は安心したんだ」
「安心?」
「現代最強の自衛官が、国防の最前線で戦ってくれるんだ。日本人としてこれ以上に頼もしいことはない」
「雄二にとって自衛隊は脅威の1つだろ? 安心したら本末転倒じゃね?」
「確かに俺は自衛隊を信頼していない、だが……お前は信用している。新宿の事件でもそれが確信できた」
「……僕はあくまで強いだけだ。その他のことは全部部下に投げ出してる」
「それでも勉が現場で戦い、俺が国内で支える。前と変わらない、俺たちは日本最強のコンビだ。当然、お前の部下も信頼している」
真島の言葉に、錠前も微笑み返した。
「そうだね、いつか雄二にも紹介するよ……みんな良い子たちだから」
ちょうどその時、店員が錠前の注文したアップルジュースを持ってきた。
錠前はジュースを一口飲み、続けた。
「っと、感動的な再会を果たした僕らだけど……」
錠前は周囲を見渡し、店内の客や愛想の良い女性店員を一瞥した。
「この店内にいる人間……、従業員も含めて全員雄二の部下だよね?」
「あぁ、そうだな……言い忘れてたよ」
一瞬だった。
さっきまでただのウエイトレスだった女性が、隠し持っていたナイフを抜き、常人離れした速度で錠前の首を切り裂いた。
「今言ったのは全部俺の私情だ、嘘偽り無い本音。けどここからは仕事の話。公安や上層部に……お前を疎ましく思う存在がいるんでな」
大量の血を噴き出した錠前の眼前で、真島は拳銃を抜いた。
「錠前勉、お前にはここで死んでもらう」
錠前ってどんな過去を過ごして来たんでしょうね




