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第212話・囚われのベルセリオン

 

 駐屯地内のとある1室。

 冷たいコンクリートの上で。両手を後ろに縛られた執行者ベルセリオンは倒れていた。


 マントや衣服はすっかり汚れてしまっており、髪も淀んだ水色をしている。

 まぶたも閉じており、一見死んだように見える彼女だが……。


「やぁやぁベルセリオンくん、待たせてすまなかったね。数日よくぞ耐え抜いたものだ」


 扉を勢いよく開けて入って来たのは、第1特務小隊監督官。

 現代最強の存在、錠前勉だった。


「魔力で飢えを凌いでるのは、かつてのテオドールくんと同じか。やっぱり姉妹だねー」


 目を開けたベルセリオンは、金色の瞳をゆっくり向けた。


「このクズ野郎……、わたしをこんな拷問で屈服させられると思うな……」


「拷問? クッ……はは! この程度の放置プレイを拷問とはおめでたい。これからだよ……本当の拷問は」


「ッ……!!」


「立たせろ、連れて行け」


 錠前の指示で、数名の自衛官が無理矢理立たせる。

 だが、ここで黙っているだけの彼女ではない。


 瞬時に魔力を纏い、衝撃波を全身から出そうとして––––


「させるかよ」


 放たれた声よりも早く、ベルセリオンの魔法はキャンセルされた。

 超高速で距離を詰めた錠前が、渾身の右ストレートを腹部に叩き込んだのだ。


「おえっ…………!!」


 その場で膝をつき、激しくえづく執行者。

 痛みと吐き気で魔力が四散し、口からは透明な唾液だけが垂れた。


「えぐっ……! カッハ」


「まだそんな元気があったとは、しごき甲斐があるじゃん? さぁ……来てもらおうか」


 涙目で咳き込むベルセリオンを持ち上げ、錠前はとある部屋へ連れて行った。

 正方形で手狭なここは、かつて敵だった頃のテオドールを尋問した場所だ。


 椅子に座らせ、紐で両腕を背もたれに括りつける。

 さっきの一撃があまりにも痛すぎたのか、上手く魔力を纏えないようだった。


「初対面の頃が懐かしいね、あの時は君からこっちへ転移してきたんだったか……。まっ、僕にボコられて灰皿にされたがね」


「誰が……ゲホッ、灰皿よ。今に見てなさい……アンタなんかすぐにぶっ殺してやる」


「ぶっ殺す? 勘違いしてるみたいだから言っとくけど……」


 錠前が指をパチンと鳴らすと、背後の鉄製ドアが開かれた。


「生殺与奪の権はこっちのものだから」


 ベルセリオンは見た。

 トレイに載せられた、大盛りの“カレー”を。

 それが机に置かれると、凄まじいスパイスの香りが彼女を襲った。


 さっきまでの激痛なんて比じゃない、1週間の絶食を強いられた結果、ベルセリオンは激しくお腹を鳴らした。

 テオドールの時は即座に与えたが、今回は違う攻め手だった。


「じゃ、ぼくお昼ご飯食べるから。そこで見ててね」


「はぁ!? わたしのは無いの!?」


「あるわけ無いじゃん、自分の立場を考えてごらんよ」


「グゥッ……」


「じゃ、いただきまーす」


 そう言うと、椅子に縛られたベルセリオンの眼前で、錠前がカレーを頬張り始める。

 スプーンに乗せられたカレーライスは、彼女にとって未知の物だが……明らかに美味しい食べ物だとは直感で理解した。


 しかもこの男……、憎たらしいほど美味しそうに食べる。

 味が足りないと思うや、生卵をすかさず入れるなどやりたい放題だ。


「……ダンジョンの制御室を教えてくれたら、一口くらいあげても良いんだけど?」


「ふ、ふざけるな!! そんな不平等な取引……乗ってたまるもんか!!」


「あっ、そ。じゃあお預けね」


「ッッ……!!!!」


 食べたい、食べたい食べたい食べたい食べたい!!!

 空腹で死にかけの少女は、錠前が口に運ぶカレーを渇望していた。


 それは言うならば、砂漠で衰弱死寸前の人間の前で、蜃気楼のオアシスを見せるがごとき所業。

 無意識の内に、ベルセリオンの口端から涎がこぼれ落ちる。


「あっ、この牛肉美味しい。柔らかいなー」


「こっ、この悪魔!! 狂人!! 人の心とか無いの!!? わたしが何日ご飯食べれてないと思ってんのよ!!」


「さっきから言ってんじゃん、制御室の場所を教えろって」


「だからっ……! それは…………!!!」


「じゃあ無理な相談だ、そこでゆっくり見ていると良い」


 錠前勉の無慈悲な行動により、ベルセリオンの顔には絶望の色が浮かんでいた。

 彼女の身体はもはや疲れ果て、力を振り絞ることもままならない。


 それでも彼女の胸中には、逃げ出すための策を練る冷静な部分がまだ残っていた。


「本当に悪魔ね……アンタ」


 彼女は錠前の顔を睨みつけながら、口元にわずかに笑みを浮かべた。

 その笑みは、内に秘めた反抗の意志を示すものであり、絶対に屈しないという彼女の強い意志の表れだった。


「その態度、変わらないんだね。生きてく内に損するよ?」


 錠前はカレーを口に運び続けながら、冷ややかな視線をベルセリオンに向けた。

 しかし彼女には別の思考が渦巻いていた。


 ——どうにかしてここから逃げなければ……。


 ベルセリオンは微かに残った魔力を感じ取り、全身に意識を集中させた。転移魔法を発動するにはまだ十分な力が残っているかもしれない。彼女は冷静に、そして慎重にその力を蓄え始めた。


「美味しいなぁ、これ」


 錠前の言葉は彼女の耳には届かなかった。ベルセリオンは内なる力を引き出すことに全神経を集中させていた。

 そして、その瞬間が訪れる。


 ——今だ!


 彼女は一気に魔力を解放し、転移魔法を発動させた。

 光が彼女の周囲に集まり、一瞬にしてその姿を消し去った。


「なんだと!」


 錠前は大仰に驚き、急いでベルセリオンが座っていた椅子の場所に駆け寄った。しかし、そこには既に彼女の姿は無かった。


「逃げられたか……! くそっ、油断していた……まさか執行者がこんなにタフだったなんて」


 楽しそうに演技する後ろから、特殊作戦群のアーチャーが話しかけた。


「棒読み過ぎてちっとも悔しさを感じないんですが……、役者向いてませんよ?」


「言うなアーチャー……、気にしてるんだ。まぁ第一段階は成功。彼女はダンジョンの外だろう」


「外? アイツは運営の所へ帰ったのでは?」


 アーチャーの言葉に、錠前はナプキンで口元を綺麗に拭いてから振り返った。


「そんなこと許すわけないだろう、転移のルートに細工をしておいた。彼女は今頃––––」


 一方、ベルセリオンは夜の大都市の一角に転移していた。

 周囲は人で溢れかえっており。LEDの光で満ち溢れたメガシティのど真ん中……。


「どこよ……。ここ」


 東京都新宿区、新宿駅前に……ベルセリオンは立っていた。


灰皿ちゃんはいくら曇らせても合法です

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― 新着の感想 ―
今日は、楽しいハイポート。それ楽しいハイポート121212右右左右右左_| ̄|○ il||liやりたく無い記憶が
錠前、ロシアとか中国相手と違ってダンジョン勢力相手だとまだ優しいね……
[良い点] 転移先が新宿駅内や新宿歌舞伎町、富士山の頂上では無かった事(笑) [一言] まだ新宿駅前ならダンジョン外なのでせーふせーふ。
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