第197話・同盟関係
体内での手榴弾の爆発。
それは常人が考えるより、遥かに深刻なダメージをエクシリアに与えていた。
「がはっ!! が、おっっエェエ……!! ゴボッ………………!!」
四つん這いになり、嗚咽を上げて苦しむ執行者。
大量の血を床にぶちまけ、呼吸にもなっていない激しい息遣いで苦しむ。
それも当然だ……、手榴弾が胃で爆発したなら即死が普通。
音速で弾け飛んだ破片はあらゆる内臓を突き破り、全身をミキサーするも同然となる。
魔力で外側をしっかり補強した分、余計に苦しむ羽目になっていた。
「惨めだな、魔法に驕った末路だ」
銃剣を握り、冷酷に呟く透。
彼の心底は、まだ怒りで煮えくり返っていた。
大事な可愛い眷属を殺されかけたのだ、怒るなという方が無理な話である。
しかし、敵とはいえ……少女が本気で苦しむ姿を見続けたいかと言えばそうでもない。
治療という選択肢が存在しない以上、自らが持つ鋭利な剣で楽にする。
ある意味、それが慈悲だと言えた。
先ほどのテオドールと、完全に立場が逆転していた。
「喋れるか知らんが……、言い残すことはあるか?」
ナイフを逆手に握り……ゆっくり近づく。
だが、エクシリアはダメージでまともに喋れていない。
赤い液体に溺れる声だけがずっと響いていた。
いつのまにか変身も解けており、髪や紋様の輝きも消え失せている。
時間の無駄と判断した透が、彼女の首を突き刺そうとした瞬間––––
「ッ!!」
彼の危機察知能力が発動する。
すぐさま後方へ飛び退くと、目の前をナイフが横切った。
飛翔したそれは透を掠め、奥の壁へ突き刺さる。
攻撃方向には、さっきまで無かった人影……。
「日本の英雄……新海透、私の不意打ちを避けられたのは初めてだ。噂の危機察知能力は本物らしいね」
塔内に侵入して来たのは、全身を白装束に包んだ奇怪な男。
長く伸びた髪を触りながら、ワザとらしくエクシリアの傍まで歩く。
「随分と手ひどくやられたね、エクシリア」
そう優しく喋った男へ、四条が問いかけた。
「何者ですか?」
「私かい? 生憎と名刺は持ってないんだが……」
余裕をかます男に、四条は装備していた銃剣を取り出しながら威圧する。
「喋りなさい、今ここで死にたくなければ」
「おー怖い怖い、じゃあ名乗っておこう。……私は中国国家安全部所属の陳大佐と言う、それ以外の情報はいらないだろう?」
流暢な日本語。
陳の言葉に、透と四条は思わず固まった。
「中国国家安全部……!? なぜそんな人間がダンジョンに……」
「簡単に言えば癒着だよ、ご令嬢さん。ダンジョンと中国の利害が一致したんだ。っというわけで……」
エクシリアの前に立った陳が、両手を広げた。
「悪いがこの執行者は守らせてもらう、今死なれたら……中国にとって不利益だからね」
あまりに突然の事実。
ダンジョン運営が中国と事実上の同盟関係にあったとなれば、国家安全保障上の危機以外の何者でもない。
しかし、透は声色を変えずに言った。
「状況はこっちが圧倒的に優位だ、10式に射殺される前に投降しろ」
「ハッタリだね、そこにいる戦車はもう弾切れで何もできない。エンジンも彼女の攻撃でダメージを受けている。そして……君たちの銃はもう床で寝ていて撃てない」
「ッ!!」
透の本能が警鐘を鳴らす。
この中国人は只者じゃない、おそらく……人口14億の中でも圧倒的な選りすぐりだ。
けれども……、放っておくわけにもいかない。
魔力がもう残っていない上に、四条はエクシリアから食らった蹴りで……おそらく立つのもやっとの状態だ。
ならここですべき最適解は––––
「どうしてダンジョンと手を組むんだ? コミュニュケーションが通じるとはいえ……敵は侵略者だぞ」
「それは私も同意見だね、でももう引くに引けないんだよ。君らの方こそどうなんだい? テオドールとか言ったっけ……なぜそこまで可愛がる。彼女も侵略者だろう?」
「そうだな、けど今は違う……危険を顧みず一緒に戦う仲間だ」
「日本人は好きだねー、そういうの。努力、友情、情熱だっけ? なら私も同じだと言わせてもらおう」
「抜かせ、自衛と侵略の違いもわかんねーのか。お前らがやってんのは日本という主権国家に対する侵略行為だ。同列にすんな」
あと少し、あと1分––––
「なるほど……さすがは英雄、弁は立つわけだ。じゃあこれで黙ってもらおうかな」
そう言って、陳は服の中から拳銃を取り出した。
照準を絶対に避けられないよう、透の胸に持っていく。
「世界を制するのは我々中国だ、君たち日本はその踏み台になるのが相応しい。っということで、さようなら……新海透」
引き金が絞られる。
––––バスゥンッ––––!!!
抑制された銃声が轟く。
もちろんだが、陳の持つハンドガンにサプレッサーは付いていない。
彼の拳銃は、飛んできた弾丸によって宙を舞っていた。
「ゴタゴタ言ってたけど、要はダンジョンの資源と居住地が欲しいだけでしょ。お前らは」
10式が開けた穴から、VSSヴィントレスを構えた坂本が入ってくる。
同時に、もう1人の女性自衛官が勢いよく走り込んできた。
「どうせなら頭狙いなさいよ!」
「咄嗟だったんだよ、無茶言うな」
SAIGA-12ショットガンを抱えた久里浜が、小柄な身体で一気に陳へ向かって肉薄。
20メートルの距離で銃を連射した。
陳はここで、透の狙いに気がつく。
「これはやられたね、問答は増援を待つ時間稼ぎだったか。大方……エルフの人質を助けに行ってた連中ってところかな」
そう言った彼は、動きにくそうな服からは考えられない機動で久里浜の弾丸をアッサリ避けた。
「エクシリア、私が時間を稼いでやる。急いで“アレ”の準備をしろ」
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