第183話・新たなる使命
––––第3エリア、アカシック・キャッスル。
全域の広さにして数キロ以上はあるここは、ダンジョン運営の一大拠点だ。
その中央大広間に、拍手をする1人の男の姿があった。
「やぁやぁ初めまして、我らが拠点へようこそ––––大陸の親愛なる友にしてビジネスパートナー。佐世さん」
穏やかにそう言ったのは、全身を白装束で覆った異質な男。
中国国家安全部所属の、陳大佐だった。
「ちゅ、中国の方が……なぜダンジョン内に?」
捕虜として捕まり、転移魔法でここに連れてこられた朝川TV新聞記者の佐世は、全く困惑を隠せない。
動転する彼女に、陳は詐欺師のような語り口調で近づいた。
「不安がらないで大丈夫ですよ、佐世さん。私は貴女の味方です。日本のメディアを……我々中国人は高く買ってますから」
流暢な日本語で話されたおかげか、佐世の緊張が解ける。
良かった……、最初はどうなるかと思ったが、中国の方がいるなら何も心配ない。
経緯なんてどうでも良い、自衛隊なんかよりずっと信頼できそうだ。
「フンッ! 捕虜を取るなんて……わたしの許可無しで勝手にやってくれちゃってさ。こっちはサッサと殺してダンジョンのエネルギーにしたいんだけど?」
椅子に座ってふんぞり返っていたのは、水色の髪をサイドテールにした少女。
テオドールの姉にして執行者、ベルセリオンだった。
「そうしてあげたいが、日本人たった1人から得られるエネルギーなんて微々たるもの……エクシリアも言っていただろう? すまないが我慢してくれ」
「チッ」
舌打ちするベルセリオンを一瞥した後、陳は糸目で佐世を見つめた。
「すまないねぇ、今ダンジョンの子たちは殺気立ってるんだ……。日本人からここまで全くエネルギーを取れていないから」
「エネルギー?」
「おっと失礼、今のは忘れてくれ。––––そんなことよりだ」
もの凄いスピードで佐世の両手を握った陳が、しゃがみながら上目遣いで見上げる。
「君たちマスメディアは……私達の味方なんだろう? とても立派な職業だ。自衛隊が憎くないかい? 日本という国に疑問を持ったことは?」
陳の優しい問いかけに、佐世は心の緊張がドンドン溶かされていく。
「疑問なら常に抱いています。戦後……大きな過ちを犯した戦犯国日本が、こうして侵略行為とその助長を続けている。とても腹立たしいことです」
「素晴らしい考えだ、実は君の書いた記事は既に拝見していてね……『南シナ海における中国領土の正当な要求』だったかな? 良い記事だったよ……西側に毒されていない中国の主張を全面に押し出した、とても“中立的”な記事だ」
陳の言葉に佐世は、ホッとする。
その言葉は、彼女が守りたいと思っていたジャーナリズムの理念そのものだった。
陳は彼女の安寧を察すると、さらに言葉を続けた。
「だが、君も見ているだろう? このダンジョンはただの遊び場じゃない……ここは新しい世界秩序の象徴なんだ。我々は真の力を手に入れる。そしてその力を使い、地球の歴史を正しい軌道に戻す必要があるんだ」
「……真の力、っというと?」
佐世の問いに、陳は何の気なしで答えた。
「ダンジョンの資源は……ゆくゆく全て中国の物となる、日本討伐の協力。その見返りさ」
「そ、そんなこと出来るんですか?」
「中国なら可能だ。アメリカは今や落ちぶれ、欧州は没落するばかり。インドは……まぁ制度や伝統の足枷で、まだ成長できないだろう。そうなれば必然脅威になるのが今急激に成長している日本だ。だから潰す」
彼の言葉は佐世を冷たくするものだったが、その背後にある真実の重さに、彼女は言葉を失った。
しかし陳は彼女の動揺を感じ取り、話を素早く進めた。
「だが心配はいらない。私たちがこのダンジョンで掌握する力は、単に軍事的なものだけではない。文化的影響力、経済力、そして何よりも魔力をも我々は手に入れるんだ。それができれば、誰も我々の言うことを聞くしかなくなる––––G7さえだ」
陳は佐世の目をじっと見つめながら、さらに深く語り続けた。
「このダンジョンは単なる戦場じゃない。ここは新たな秩序を創造する場所。我々はこのダンジョンと協力して、全世界に我々の理想を広め、支配下に置く。そして日本……あなたの国はその最初の例になるだろう」
佐世はその場で固まり、心の中で何かが壊れる音がした。
彼女は遂にジャーナリストとしての職務を忘れ、ただただ自分の立場とその意味を飲み込んでしまう。
陳の思想に、一口で食べられてしまったのだ。
そこで沈黙を破ったのは、再び部屋に響く別の声だった。
「陳、話はそれくらいにしておけ。俺たちにはまだやるべきことが残ってるだろ」
声の主は、ロシア対外情報庁の特殊部隊隊員……セルゲイ少佐だった。
彼は早足でやってくると、陳と佐世の間に割って入る。
その青い瞳は厳しくも冷静で、全てを見透かすような鋭さを持っていた。
「俺たちの目的を忘れるな。このダンジョンの深部には、まだ我々が手に入れるべきものがある。そのために、余計なことをして時間を浪費するわけにはいかないんだぞ。既に自衛隊に部下を数人やられたんだ」
セルゲイの言葉に、陳はほんの一瞬だけ不快そうに眉をひそめたが……すぐに表情を整え、頷いた。
「はいはい、セルゲイ少佐……君の言う通りだ。けどね、ここで佐世さんの理解を得ることも、我々の計画には必要なんだ。彼女の筆は、我々の行動を正当化し、世に広める力を持っているからね」
セルゲイは佐世を一瞥し、冷たく微笑んだ。
「そうか、それならば佐世さん、あんたには大きな役割が待っている。俺たちの行動を、世界に正しく伝える任務だ。果たして、それができるかな?」
その問いには別の意味が含まれていた。
つまり、“やれなかったら”相応の結末が待っているということだ。
佐世は深く息を吸い込み、その場にいる全員を見渡した。
彼女の選択が、これからの展開にどう影響するか、その重大さを感じながら、佐世はゆっくりと口を開いた。
「わかりました。私はジャーナリストとして、真実を伝えることを誓います。これ以上––––日本が貴方たち世界に迷惑を掛けないために」
その言葉に、陳とセルゲイは頷き……その場を離れた。
やがて声の届かない距離になって、陳が口開く。
「言ったろう? 日本のマスメディアは我々の味方だと」
「だがアイツはもう日本からすれば裏切り者だろ、書く記事に信憑性が得られるとは思えんが……」
「はっはっは、私も最初から彼女にジャーナリストとしての力なんざ期待してないさ。ところで……李大尉は?」
「お前の指示で古代兵器の調整作業だ、自分の指示を忘れんなよ」
「これは失敬、北朝鮮人は器用だから頼んだんだった。経済も通常兵器も終わってるのに、中露の支援ありとはいえ……核兵器を運用して見せる民族だからね」
「じゃあ……」
「あぁ、予定通りだ……私達の真の目的」
陳大佐は不気味に微笑んだ。
「現代最強の自衛官にして、アノマリー。––––“錠前 勉を無力化する”、その偉大な作戦を始めよう」
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