第182話・千里眼のミーナ
「スキャン・イーグルの報告通りですね、自業自得とはいえ……酷い死に方だ」
坂本の前には、血に染まった雪。
そして、惨たらしく倒れるカメラマンとマイクの遺体があった。
いずれも高初速武器による裂傷で死亡。
呼吸は既に途絶えていた。
透からすればあくまで本人達による過失の結果なので、同情は微塵もしていない。
「ダンジョン内初の死者が、こんな形で出るとはな……坂本は後続へ車両の手配を。久里浜は……嫌だろうがそれまで死因の武器を調べてみてくれ」
「「了解」」
2人の動きは素早かった。
坂本は持ってきた無線機ですぐさま車両の要請を、久里浜はおくびもなく近づき、触らぬ程度に死体へ近づいた。
「ブービートラップは無いか……、隊長!」
「なんだ?」
周囲を警戒していた透に、久里浜が叫んだ。
「これは矢じゃありません! 砲弾で抉られたような傷跡です」
そんなバカなと思って近づくが、透はそれよりも早く冷や汗をかいた。
彼の“危機察知能力”が発動したのだ。
思考よりも先行して、久里浜の腕を思い切り引っ張った。
「ふわっ!!?」
間抜けな声を彼女が上げると同時、久里浜の頭があった場所を何かが通り過ぎた。
それは曳行弾のような軌跡を描いて、背後にあった木へ命中。
大きく穴を開け、上に乗っていた雪が落ちる。
「坂本!! 伏せろ!!」
「ッ!!」
次いで飛んだ指示を、坂本はバネのような瞬発力で反応。
その場から大きく飛び退いた瞬間、ついさっきまで触っていた無線機が吹っ飛ぶ。
こちらも簡単に破壊され、通信が途切れた。
「敵の狙撃手だ!」
透が叫ぶ。
久里浜は死にかけた恐怖を押し隠し、直立すると急いで隠れた。
透は得意の直感で敵の存在を感じ取り、車両が到着するまでの間、状況を把握することに専念した。
「敵はおそらく、この林の北東、高地からの狙撃だ。坂本、スコープを使って確認してくれ。とりあえず俺はこの位置を動かない。久里浜、お前のショットガンじゃ届かん。そこの森に退避しておけ」
「りょ、了解!」
「ここは俺と坂本、2人でやる」
坂本は透の指示に従い、彼の持つVSSヴィントレスのスコープを覗き込んだ。
その慎重な眼差しは、林の向こう側を詳細に捉えていく。
「隊長、敵の狙撃手が1人。位置は一瞬確認できましたが、移動しています。狙いを定めるのが難しいです」
やはり狙撃手だったか。
撃ってすぐ移動するあたり、今までのエルフとは訳が違う。
おまけに……。
「分かった、位置をロックし続けろ。俺が制圧射撃する」
透は通常弾薬が入ったマガジンと入れ替え、敵狙撃手がいるであろう方向へセミオートで撃ちまくった。
当然当たるわけも無いが、撃たれた側であるエルフのミーナはかなりビビっていた。
「おぉー怖っ! なんで兵隊1人1人が古代兵器級の装備をしてるのよ……」
敵の強大さに思わず愚痴る。
外見は17歳ほどの金髪を持った美人の彼女は、葉脈の模様が刺繍されたエメラルドグリーンの長袖チュニックを身に纏い、自然と調和するような優美な雰囲気を演出している。
そして、下には濃紺の革製ショートパンツを合わせていた。動きやすさを考えて短めに作られており、森を駆け巡る彼女の活動に適している。
足元には柔らかな皮で作られた軽やかなブーツを履き、どんな地形でも自由自在に動けるよう自作したものだ。
「ちょっと寒いけど、動きやすい格好で来て良かったー」
美麗な安堵の表情。
ミーナの手には、銃とも言えない妙な武器が握られていた。
ディスプレイには魔力インジケーターが表示されており、次の発射までもうしばらく掛かることを表していた。
「––––古代兵器『エーテリアル・ボウ』。魔力をエネルギーとした、個人携行用の長距離狙撃武器……。まさか初弾を外すなんて……」
千里眼という特殊能力を持つ彼女は、メディアの遺体を利用して透たちを引き寄せるまでは成功した。
だが、彼の驚異的な危機察知能力は……ミーナの千里眼すら上回っていた。
「……次は外さない、距離を600まで縮めて撃つ。そうすれば回避は意味をなさない」
斜面を凄まじい勢いで走り、良い場所にあった木の上へジャンプ。
10メートルは飛び上がり、透たちを探した。
「……いた」
千里眼で透の姿を捕捉する。
ちょうどエネルギー充填が完了し、引き金をひこうとした瞬間––––
––––バツンッ––––!!
「は!?」
自分の全く予期せぬ方向から、銃弾が飛んできた。
幸いにも狙いはズレており、近くの枝を吹っ飛ばしただけに終わるが……。
「やっば!!」
大急ぎで飛び降りる。
直後に、VSSから発砲された9ミリ亜音速弾が、ミーナのいた位置に突き刺さった。
「ッ!!」
着地と同時に見れば、100メートル先の木々の隙間––––ヴィントレスを抱えた坂本が僅かに映った。
ここでようやく、ミーナは透たちの戦術を知る。
「派手な炸裂声はブラフ! 本命はあの消音された武器を持つ男!!」
すぐさま『エーテリアル・ボウ』を操作。
射撃モードをフルオートに切り替え、近接戦へ移行した。
「ヤバいヤバいヤバいヤバい!!!」
こんなに一瞬で距離を詰められては、自慢の千里眼も役に立たない。
いや、でもまだ勝機はある––––
「詰めてきたアイツの武器は、おそらく遠距離特化仕様、この状況は逆にチャンス!」
半ば言い聞かせるように呟き、ミーナは金髪を揺らしながら発砲。
高密度の魔力弾による弾幕を張るも、坂本は全くビビっていなかった。
いや、新宿の時からこっち––––錠前の部下である坂本は、どこか頭のネジが吹っ飛んでいるのか……攻撃を殆ど怖がっていない。
加えて、坂本の持つヴィントレスには狙撃用のセミオートに加えて……もう1つ射撃モードがあった。
––––バスススススス––––!!!
スコープにミーナを捉え、“フルオート”で発砲。
銃弾は『エーテリアル・ボウ』と、ミーナの右肩に命中した。
「ぐはっ!」
尻もちをついたミーナへ向かって瞬時に走り寄り、坂本は銃口を突き付けた。
「良い目してんじゃん、その力––––日本のために使わない?」
ニヒルな笑みを浮かべる坂本に、彼女は諦めるしかなかった。
––––チェックメイト。
ミーナは大人しく降伏し、「腕が痛いから治療して欲しい」と素直に頼んだ。
そして、とんでもないことを口に出す。
182話を読んでくださりありがとうございます!
「少しでも続きが読みたい」
「面白かった!」
と思った方は感想(←1番見ててめっちゃ気にしてます)と、いいねでぜひ応援してください!!




