第180話・自業自得
遡ること2日前……、駐屯地で軟禁されていた佐世たちは、ついに取材許可を与えられた。
「はいはい皆さん! 起立して、撮影の時間ですよー」
場違いなテンションでやって来た錠前が、電波の通じない部屋のドアを勢いよく開ける。
「っというわけで、君たちの取材を認めよう。カメラの具合もそろそろ直ったでしょ♪」
1週間軟禁したことに悪気など一切無し、飄々とした態度で狂人は言った。
佐世たちは長きに渡る軟禁に、思わず感情を昂らせる。
「錠前さんとか言ったかしら、誰を相手にこんな無礼な真似をしたか……今度こそ思い知ることになるでしょうね」
怒りのボルテージが上がる佐世に、錠前はポケットに手を入れながら「どうぞどうぞ、ご自由に〜」とだけ返す。
思わず舌打ちする佐世。
なぜだ、他の自衛官なら今の言葉でひれ伏すはず……なぜこの男はこうまで余裕なのだ。
「不満そうだね、土下座でもすれば許してくれるのかい?」
「我々メディアをコケにするのも大概にしなさい、私たちはあなた方や一般人とは“違う”んです」
至って真剣な表情でお出しされたお気持ちに、錠前は不敵な笑みを浮かべる。
「おいおい、今どき特権階級気取りか? そういうのは2000年代初頭で捨てといてくれよ……豚の餌にもならない」
「たかが自衛官の分際で……! 私たちが本気を出せばどうなるか想像もできないの? これは慈悲による警告ですよ、今すぐ謝罪を要求します」
怒り心頭の佐世に、ケタケタと笑った錠前はサングラスを外す。
現れた眼に、メディアたちはゾッとした。
紅く輝く『魔眼』が、佐世を冷徹に見下ろしていた。
「勘違いするなよマスゴミ、僕をその辺の自衛官と一緒にされたら困る。それとも……今度はカメラ以外も壊されたいか?」
冷や汗がドッと溢れ出る。
すかさずボイスレコーダーの機能を確認するが、やはり機器は全く反応しない。
まるで、強烈な妨害電波を受けているようだった。
「まっ、それはさておき……佐世さん達はウチの部下と一緒の隊ね。ぜひ––––良い画が撮れるよう祈ってますよ」
そう言われて、人生で初めて恐怖で漏らしかけたのが2日前。
◆
時は戻って現在––––雪山を3人の人間が走っていた。
雪を踏むザクザクとした音が響く中、遠くから銃声が聞こえる。
「ハァッ、ハァッ……ここまで来れば大丈夫じゃないですか?」
佐世たちメディア一行の1人であるマイク担当が、荒く息を切らしながら呟いた。
一同が一旦止まり、状況確認を行う。
「よくやったわ、おかげで良い画が撮れたんじゃない?」
機嫌良さげに呟く佐世の前で、カメラマンが録画した動画を見返していた。
画面には佐世の指示で大声を出した若者、そしてそれに釣られてなし崩し的に戦闘状態となる自衛隊の姿が映っていた。
「確かに良い構図ですが……、これじゃ俺たちが戦闘を誘発したのがバレるんじゃ……」
あくまで自衛隊員やエルフではなく、自分達の心配をするカメラに佐世は言い放った。
「叫んだ瞬間は切り取って捨てるわ、あの新海透とかいう自衛官が近づいたせいで戦闘が発生した……そう見えるように編集するのよ」
「さすが佐世さんだ、歴戦のメディアは違うなぁ」
カメラマンが感心する声を背に、佐世は一瞬で編集計画を練り上げる。
しかし……彼女の冷徹な計画には、自分たちが作り出した状況の重大さが欠落していた。
メディアとしての倫理観はもはや形骸化し、彼らの目的はただ、より多くの視聴者を惹きつける衝撃的な映像を生み出すことだけにあった。
「大丈夫よ、誰も本当のことなんて知りはしない……下等国民共が欲しいのは物語なの。私たちが提供する、意図的に編み出された、感動的で、時には怒りを誘う物語……それが全て」
佐世の言葉は、彼女がどれだけ深くメディアの暗部に染まっているかを物語っていた。
彼らにとって、真実はもはや二の次であり、最優先されるのは物語と記事の「売れ行き」だった。
メディアが担うべき社会的責任や倫理は、視聴率やクリック数の前に霞んでしまっている。
その間も雪山の寒さは増すばかりで、彼らの周りでは自衛隊とエルフの間で熾烈な戦闘が続いていた。
銃声は絶え間なく、時折、爆発の音が轟いた。しかし、佐世たちにとってそれは“良い映像”を手に入れるための背景音に過ぎなかった。
そんな中、マイク担当が不安そうに口を開く。
「でも、これがバレたら俺たち終わりですよね……?」
佐世は彼の不安を一笑に付す。
「大丈夫よ。我が社が今までどれだけのスキャンダルを乗り越えてきたと思ってるの? それに、今の世界は情報が溢れてる。雑多なスキャンダルも明日には忘れ去られるわ」
そう佐世が言った瞬間だった––––
「あれ……?」
何が起きたか、全員わからなかった。
目に映ったのは、マイク担当の若者の右肩から先が……何かの拍子に吹っ飛んだという光景のみ。
大量の血が雪に落ちて赤く染め上げる。
彼女らは理解していなかった。
ここはダンジョン……、自衛隊から離れれば、当然敵から狙われるということに。
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