第178話・制圧ミッション
戦闘の火蓋が切られた瞬間、透たちはあくまで冷静さを保ちながら行動を開始した。
こちらの目的はとりあえずエルフを無力化し、無駄な血を流さないこと。
マスコミは一旦後だ。
「全員、非致死性の武器を使用して制圧に移れ!」
透の指示が飛ぶと、自衛隊員たちは即座に特殊弾やネット投射装置を使い始めた。
––––ダンダンダンッ––––!!!
透が連射した弾丸が、まず一番錯乱していた若者のエルフへ直撃する。
飛び出したのは血ではなく、砕けた粉末だった。
––––”非致死性フランジブル弾“。
これは、対象に当たった瞬間に貫通ではなく砕け散ることで殺害を防ぐ弾だった。
当初は警察の特殊部隊や武器防護隊に向けて開発されたものだが、秘密裏に自衛隊用の物も作られていた。
「ぐあ!」
その場に倒れた若者は、自身を襲った激烈な衝撃に耐えかねて失神。
狙い通り、殺さずに済んだ。
ただ油断はできない、エルフ達とは事前に距離が近かったため、必然的に接近戦となった。
剣を持って突っ込んでくる敵に対し、後方に待機していた99式自走榴弾砲が動いた。
「撃て!!」
本来は想定されていない、マニュアル外の水平射撃を敢行。
5門による斉射は問題なく行われ、エルフの進行方向へ着弾。
その瞬間、濃く真っ白な煙が周囲を覆い隠した。
「なんだ!?」
思わず足を止めるエルフ。
自走砲が放ったのは、いわゆるスモーク弾と呼ばれる物だった。
簡単に言えば、着弾点を中心に大量の煙で染め上げるのである。
本来の用途は、撤退や撹乱などで使用される。
そして、動きの止まったエルフに近づく影–––
「グハッ!!」
何も見えない煙の中で、背後から現れた久里浜が、至近距離からSAIGA-12をぶっ放したのだ。
倒れたエルフは、死んだように動かなくなる……。
だが、絶命はしていなかった。
「異世界人が頑丈で助かったわね」
彼女が持つショットガンには、現在8連装のボックスマガジンが付いていた。
中には通常の12ゲージ散弾ではなく、ライオット弾と呼ばれる……いわばゴム弾頭が入っていた。
これも本来はアメリカで使われる暴徒制圧用だが、当たりどころが悪ければ死んでしまうくらいには威力が高い。
火薬を使用しているのだから当然ではあるが、異世界人がやたら頑丈なのはテオドールを見て知っているので、躊躇はしない。
「ちょっと寝ててねー」
“錠前を除いた”自衛隊近接最強の久里浜は、手加減しつつも容赦しなかった。
空中を舞うような動きで剣をいなし、次々とショットガンでエルフ達を無力化していった。
煙の中で行われる激戦は、外からだと何もわからない。
彼女が視界ゼロで行動できているのは、ひとえに特戦の訓練によるものだ。
自衛隊の最高峰たる特殊作戦群では、目隠ししたままテロ容疑者を制圧する訓練もある。
久里浜は、これらシミュレーションでほぼ満点を叩き出していた。
こと至近距離戦に限れば、彼女は特戦のアーチャーやキャスターすら上回る。
「おら! 動くな!!」
「こっちも制圧中!! 結束バンドで順次縛れ!!」
空気は緊迫し、乱戦の雰囲気が漂う中、それでも透たちは極力エルフたちを傷つけないよう努力を重ねた。
エルフたちもまた、この異様な戦闘に戸惑いを隠せない。
彼らの剣や杖から放たれる魔法は、撃つ前に銃で防がれる。
「隊長。ネット弾! 準備完了しました」
「よし、撃て!!」
透の指示で、坂本が独特な形をしたランチャーから大きなネットを撃った。
覆い被さるようにヒットしたそれは、突っ込んで来たエルフ達を絡め取ってしまう。
フランジブル弾で手早く意識を奪い、周囲を見渡しながら叫んだ。
「報告!!」
透の声に、未だ立ち込める煙の中から久里浜が現れた。
「30人を制圧、損害無し」
一方であちこちの自衛官達からも、「クリア、損害無し」と報告が上がる。
マスメディアの姿は……どこにも無い。
ノイズゲートを起動し、坂本でも久しく見ない怒り方で透が叫ぶ。
「久里浜! CPに報告!! あのバカ共をスキャン・イーグルでなんとしても捕捉するよう要請しろ!!」
「了解!!」
透は必ず見つけ出して、錠前に突き出そうと固く誓った。
前にやって来た車両部隊にエルフを放り込んでいると、前方を監視していた10式戦車から声が出る。
「前方に熱源探知! 真っ直ぐ突っ込んでくる!!」
横隊に展開する戦車。
止まったところで、透はあらかじめ用意されていた主砲のマウントへ、自身のライブ用カメラをセットした。
「こっちは逃げたメディアを追うので、続きの撮影をお願いします!」
「任された! 英雄さんよ。ところで……この映像は財務省も見ているのか?」
「もちろんです! 来年度の予算にもきっと直結するでしょう!」
凄まじい勢いで踵を返し、佐世たちを追いかける透。
話を聞いた10式部隊の小隊長は、高らかに叫んだ。
「聞いたかみんな! この戦闘は財務省の戦車不要論者様も見ている!! 島国にこそ戦車が必要であると、未来の日本のために––––俺たちが示すぞ!!」
唸りを上げて、10式が雪原を巻き上げた。
「全車前進!!」
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