第177話・ゴミのような開戦の火蓋
「佐世さん、カメラの不具合は一部を除いて直りました」
透たちから少し離れた場所に、3人の一般人がいた。
1人は大きなテレビ用カメラを、もう1人は毛むくじゃらのマイクを……最後の中年女性は、マイクを手に立っていた。
「急ぎなさい。世界が真実を求めているのよ……私たちにしかダンジョン攻略の真の姿は映せないんだから」
朝川TV新聞所属のレポーター……佐世は、96式の車内から出たばかりの体をほぐしながら一言。
彼女らは行き過ぎた取材の罰として、錠前によって今日まで電波の通じない部屋で軟禁されていた。
会社からは当然防衛省に抗議が出されたが、市ヶ谷は「担当の錠前1佐に言ってくれ」と雑にたらい回し。
そして、いざユグドラシル駐屯地に繋がったと思ったら「錠前という自衛官は陸自の名簿に載ってないですね」と一蹴。
彼は第1特務小隊であると同時、特殊作戦群にもまだ籍を持っているので当然ではあった。
ゆえに、会社はこれまで全く佐世達に連絡できなかったのである。
しかし、今回の攻略戦で……やっと取材が許可されたのだ。
「カメラとマイク、共にオッケーです」
部下の言葉に頷くと、佐世は早速レポーターとしてのスイッチを入れた。
「皆さんこんにちは、現在私たちは……ダンジョン攻略の最前線に来ております。唯一真実を追い求めて、頑張っていく所存です」
いつも通りの挨拶からスタート
そんな佐世を、少し離れた透がカメラで映したところ–––
【マスコミじゃん、いたんだ】
【新海さん達が生配信してくれてるのに、わざわざ後日テレビを見る奴がいんの?】
【アレだよ、インターネット見ない層向けじゃね?】
【それ絶対思想があっち側の人間じゃん……、録画形式なのも後でいくらでも加工ができるからだろ】
【まぁ待て、彼女らが善性なメディアであると、まずは信じようじゃないか】
そうこう言っている内に、前進する自衛隊部隊をカメラに押さえながら……佐世は呟いた。
「戦闘シーンは絶対撮るのよ、特に自衛官が銃撃するシーンね。彼らがダンジョンの生き物を殺す瞬間は絶対収めなさい」
「わかりました、世論に自衛隊の発砲について疑問を抱かせるんですね?」
「そうよ、自衛隊が武力を行使する瞬間……撮れれば被害者を悲劇のドラマとして立てられるわ。平和主義国家とはなんたるか……世界に問うのよ」
相変わらずのマスコミ仕草が、周りの自衛官にもろ聞こえする。
こういう時、メディアの力は圧倒的なため––––自衛官は何も言えない(錠前を除く)。
坂本や久里浜も、めちゃくちゃ嫌そうな顔をしていた。
しかし、この時––––透は敢えてノイズゲートをオフにしていた。
つまり、
【何が世界に問うだよ、お前らの存在を問いたいわ】
【草、善性どころかいつものマスゴミ仕草じゃん】
【これで平和主義……? どこの国のために言ってるんだ?】
視聴者から総ツッコミを食らう。
自衛官である透は基本メディアに何も言えないが、世論の核たる一般人なら反撃できる。
透の鮮やかな抵抗だった。
自衛隊の配信画面とは裏腹に、佐世たちのカメラは緊張感が漂う雪原を背景に、静かに暗躍を始める。しかし、それも束の間、佐世のチームはある予期せぬ障害に直面する。
「……っと、なんだ? カメラが不安定に……」
一行が設定した機器からは、時折切れるようなノイズが混じり始めた。
ダンジョン内の特殊な環境が原因か、はたまた他の何かが……。
「くそ、このタイミングで……!」
佐世はイラつきを隠せずにいたが、その瞬間、彼女たちの前方で異変が起こる。
雪が一瞬にして光り輝き、空間がひずむような現象が発生した。
そして、その中からエルフの一団が現れたのだ。
彼らは自衛隊とは異なる、森を思わせる深緑の装束に身を包み、緊張した面持ちで周囲を警戒している。
ダンジョンではお馴染み、“転移魔法”だ。
この突然の出現に、佐世たちも驚きを隠せない。
「なに! これは……!!」
しかし、彼女の驚きはそこで終わらなかった。
自衛隊からはすでに対応が始まっていた。
透たちは非致死性兵器を構えながらも、エルフたちに向かってゆっくりと歩み寄る。
エルフ側も、まさかここまで侵入されているとは思っていなかったのだろう。
剣や杖を構え、自衛隊部隊を威嚇した。
透が戦車隊に「待ってくれ!!」と叫ぶ。
次いで、優しい口調で続けた。
「俺たちはアンタらを殺すつもりはない。こっちの言葉が分かるなら、極力話し合いたい」
「……ッ!」
透の落ち着いた声が、雪原を通してエルフたちに届く。
彼らたちの間で短い言葉が交わされ、1人が一歩前に出た。
彼女–––その美麗なエルフは、奥に立っている佐世たちのカメラを見つめ、その後に透を見ながら言葉を交わし始める。
「私たちは、あなた達魔王軍による侵攻を受けています。我々もまた、自らの生活と文化を守るためにここにいるのです……!」
「俺たちは魔王なんかじゃない、君たちの生活や生命は必ず保障する。どうか……武器を置いてくれ」
この言葉に、視聴者のコメントは一層活発になる。
【エルフと自衛隊が直接対話してるぞ!】
【これは歴史的瞬間かもしれない】
【エルフも理解しようとしてくれてるなら、平和的解決が見えてきたか?】
カメラはこの一幕を捉え続ける。
佐世たちの元来の目的とは裏腹に、彼らのカメラが捉えたのは、種族を超えた理解と共存への第一歩だった。
しかし、その背後で、佐世は複雑な表情を隠せずにいた。
彼女の目的は「矛盾を暴く」ことにあったが、今ここには、理解し合おうとする双方の姿があった。
この瞬間、彼女は取材者としての倫理と、自らの信念との間で揺れ動く。
––––これはつまらない。
最悪の結果が数秒後に訪れると、佐世は確信していた。
現に、エルフ達はここ数日の戦いで、自衛隊の圧倒的な戦闘力を知らしめられている。
「シタデル殿……! 武器を置きましょう、今戦っても連中には勝てない」
エルフの1人が隊長格にそう言ったことで、穏便に事が済むと全員が安堵した。
––––次の瞬間だった。
「ああああああぁぁぁああああああああああ––––––––––––!!!!!!!!!」
メディアのマイク担当が、突然はち切れんばかりの大声を出したのだ。
雪山に響いた大音量に、降伏寸前だったエルフは驚愕。
まだ狼狽の途中だった若者が、杖に魔力を込めた。
「やっぱりこいつら、俺たちを殺す気だ!!」
「待て!!」
シタデルの制止も虚しく、若者が放った炸裂魔法は飛翔。
奥にいた90式戦車の正面装甲に、ぶち当たった。
轟音が響き、それを合図になし崩し的な戦闘が始まってしまった。
「総員! ROE(交戦規定)に基づいて自衛行動!!」
透たちは怒りに歯噛みしながら、銃のコッキングレバーを引いた。
振り向けば、そこに佐世たちメディアの姿はどこにも無い。
「やってくれたな……!!」
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