第175話・第3エリア攻略開始
––––2025年、8月24日。
冷たい夜明けの空気が第3エリアの入り口に広がっていた。
いよいよ、本格攻撃が始まろうとしていたのだ。
ここを攻略して、ダンジョンの制御奪取ができれば御の字。
もしそうでなくても、テオドールいわく以前と同様……ダンジョンの財宝が解き放たれる。
“不安材料”はあったが、他に選択肢は無い。
第1特務小隊、その中心に透がいた。
「いよいよか……、先に行った四条と早く合流したいな」
「大丈夫ですよ、北部方面隊の人たちと一緒ですし。あの辺りには“野外炊具”も展開してたはず。今頃暖かいごはんをエルフと一緒に食べてますよ」
坂本はヴィントレスのマガジンをチェックしながら、なんの気なしに答える。
野外炊具とは、陸上自衛隊が保有する––––いわば戦場用の巨大キッチンだ。
一度に200名分の食事を作ることができ、昔は新潟での震災から東日本大震災まで……日本を災害が襲うたびに活躍した最強の車両。
「じゃ、問題ないか」
今回の目標はダンジョン攻略と同時に、向こうサイドで戦っているエルフの保護が急遽追加された。
アランいわく、プロパガンダに騙されているだけで、策を使えば簡単にこちらへ引き込めるとのこと。
実際彼は非常に紳士的だし、日本の生活水準を知ってしまった今––––もう一度ダンジョン勢力へ寝返ろうなど、あり得ない話。
であれば、残ったエルフにも日本の生活の良さを教えてやれば無駄な殺傷無しで戦いを突破できる。
なんせ、透が知る限り––––日本は地球でも“最高峰の水準”を誇る国。
圧倒的な美食、とてつもない治安の良さ、最高レベルのインフラ、世界屈指の娯楽の数、ハイレベルな医療。そして経済大国。何より言論も含めてあらゆることが自由。
日本人には当たり前だが、地球上でこれら全てを達成できている国はほぼ無い。
ダンジョンの生活水準を考えれば、戦いにすらならない。
控えめに言っても圧勝だ。
「全車、出撃準備完了!」
車長の声が無線を通じて各部隊に響き渡る。
彼の背後には、迫力満点の戦車と自走砲が整然と並んでいた。夜が明けきらない薄暗さの中、その黒々としたシルエットは畏敬の念を抱かせる。
「桜、01から08!! 全車侵攻準備完了!! 最終指示を請う!」
「桜了解、全車発進せよ!!」
戦車隊は、重厚なエンジン音を轟かせながら、ゆっくりと第3エリアへと向かって進み出した。
その背後からは、自走砲がその長大な砲身を空に向け、支援の準備をしている。
東京湾上空に出現したダンジョンの中で、まるで現代の騎士たちが鋼鉄の馬に乗り、未知の敵との戦いに挑むかのようだ。
「まさか戦車隊に乗せてもらえるなんて、自衛隊のドクトリンも変わったわね」
久里浜は陸上自衛隊の主力戦車––––『10式』の上に立ち、双眼鏡で前方を見渡す。
彼女はいつもの迷彩服の上から防寒戦闘服、そして白色外衣を纏っていた。
陸上自衛隊の、一般的な冬季偽装だ。
その小さな腹には、ゴテゴテにカスタムされたSAIGA-12ショットガンが下げられている。
「貴重な体験だ、でも落ちんなよ」
透、坂本、久里浜の3人は、現在いわゆるタンク・デサントと呼ばれる状態にあった。
文字通り、戦車の上へ直乗りしているのである。
この戦術は本来ロシアなど東側諸国で用いられるが、今回は透たちのために特例で認められた。
「配信の準備、できてますか?」
「あとはボタン1つ」
「了解です、けど正直ホッとしました……敵とはいえ、エルフを皆殺しにするのはゾッとしない。民族を丸ごと消すのはさすがにやり過ぎですしね」
坂本の言葉に、久里浜と顔だけを出した戦車長が頷いた。
自衛隊の力ならば、エルフの皆殺しは容易だ。
しかし、長期的に見た場合––––人型知的生命体とコンタクトが取れ、尚且つこちらが文明レベルで圧倒できている状況。
一方的な殲滅は悪手だった。
「保護したエルフはどうなるんですかね?」
「正当な手続きを経れば、問題無いだろ。テオみたいに人権だって与えなくちゃだし」
「ですね、美人のエルフとかいたら……ヲタクの僕的には嬉しいんですが」
久里浜が一瞬顔をしかめたのを透は見たが、ひとまずはスルーすることにした。
重厚なエンジン音が静かな朝霧を切り裂く中、戦車隊と自走砲が第3エリアへと進軍していった。
夜が徐々に明けていく中で、彼らの前方には敵との戦いが待ち受けていた。
透の頭にはカメラが付けられており、この一大イベントは全世界に向けてリアルタイムで配信されることになっている。
それはただの戦いではなく、“エルフを極力殺さず”という未知の領域への挑戦を、世界の人々へ見せるためだった。
第3エリアの入り口が近づくにつれ、ダンジョンの異様な静寂が彼らを包み込んでいった。
しかし、その静けさを破るかのように、突如として高音が彼らの足元を震わせ始めた。
それは、ダンジョンの深奥から迫り来る未知の敵の気配だった。
「敵接近! 全車、戦闘態勢に移行せよ!」
車長の声が無線を通じて、各車両に伝えられる。
戦闘の火蓋が切って落とされた瞬間だった。
透、久里浜、そして坂本は、一瞬の間もなく降車。
戦車の主砲が一斉に前方へ向けられる。
彼らは、遂に困難な任務を開始した。
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