第174話・相変わらず明るい上司
テオドールがアランの問いに一瞬言葉を失ったのは、事実––––自身も日本の食文化に心底魅了され、知らず知らずのうちにその"幸せの重み"を体で表してしまっていたからかもしれない。
しかし、彼女の心は少しも動じることなく、すぐに元の明るさを取り戻した。
「もしかして、いやもしかしなくても……日本のご飯が美味しすぎるからですかね……? けど心配無用です、自衛隊がいつもトレーニングに付き合ってくれていますから」
自衛隊の食事は、当たり前だが自衛官用なので高カロリーだ。
中学生相当のテオドールが毎食食べるには、普通だと多過ぎる。
だが、そこはマスターの透が管理を徹底していた。
聴取の時間が短くなって来たのを利用し、テオドールを坂本や久里浜、四条と一緒に運動させていたのだ(透が事務仕事の時)。
腕立て、腹筋、スクワット。
挙句には、模擬小銃を持たせてのハイポート走まで……。
結果として、彼女は以前のいわゆる痩せ過ぎの状態から、華奢でスレンダーながらも、かなり健康的な身体を手に入れていた。
スタイル抜群、程よい肉付き、ほっぺはプニプニ(久里浜談)。
まさしくアイドルのような体型だった。
「なら良かった、テオドール様が無事で私は何よりです」
アランはその答えにホッと安堵した。
テオドールが元気であること、そして彼女自身が変わらず前向きでいることが、何よりの報せだった。
ベルセリオンに良い噂は聞かなかったが、テオドールは以前より一番まともな執行者としてエルフにも知られていた。
ゆえに、自衛隊に捕えられた今……テオドールが先輩として生活に順応しているのは、とても心強かった。
裏切ったなどという感情は、どこにも無い。
「ほら、早く食べないと冷めてしまいますよ。せっかく食堂の方が作ってくれたんですから」
「これは失敬、では––––」
彼はサバの味噌煮にフォークを進めると、初めての味に目を見張った。
「これは……本当に美味しいですね。私たちの世界にもこんな料理があれば……」
アランの言葉にテオドールは微笑んだ。
これまでの世界には存在しない味、新たな感覚に心を躍らせるアランの姿に、彼女もまた新鮮な喜びを感じていた。
「そう思いますか? 実は、日本にはまだまだ面白い食べ物がたくさんあるんですよ。例えば、ホカホカでちょっと辛いチキンやカレー、それにラーメンなんていうのもあります。もし機会があれば、色々と試してみるべきです」
「おぉ……」
アランはその提案に目を輝かせた。
自分の世界とは全く異なるこの地で、未知の食文化に触れることができる喜び。
それは、長寿の彼にとっても新たな発見の連続であり、この不慣れな環境に一層の多彩を加えていた。
「……良い感じそうだな」
テオドールとアランが食堂で談笑するのを、休憩に来た透が遠くから微笑ましく見守っていた。
彼はテオドールがこのように自然と他者と関わり、楽しんでいる姿を見ると、マスターとしてどこかほっとするのであった。
「まるで保護者みたいですね、隊長」
傍に来た坂本の言葉を、透は否定しなかった。
「もろ扶養者だしな。いや……収入面で見れば俺が扶養に入れられる可能性も?」
「良いじゃないですか、世界のアイドルの旦那なんて、皆んな羨ましがりますよ」
「ッ……、そんな予定ねぇよ」
そそくさと食事に向かう透。
奥では、テオドールがある提案をしていた。
「せっかくです、お風呂の前にちょっと散歩しませんか?」
食事を終えた後、テオドールはアランに基地の中を案内することにした。
今絶賛軟禁されているメディアの方々とは違い、テオドールは透と錠前が管轄している。
メディアが通常ではうろつけない場所も、透に報告すれば立ち入っても良いとなっていた。
自衛隊の射撃場、グラウンド、そして生活空間。それぞれがアランにとっては未知の光景であり、彼の好奇心をとてつもなく掻き立てた。
「もうこんな時間ですか……」
案内を終えると、外はもうすっかり日が暮れていた。
空は漆黒に染まり、遠くでは夜の風が木々を揺らしている。基地の外灯がぼんやりと周囲を照らし出し、夜の訪れを告げていた。
ダンジョン内でも、夜は来る……。
「こんなにも違う世界が存在するなんて……」
アランはしみじみと語った。
「自分の知っている世界だけが、全てではないんですね。120年生きて来て……そんなこともわからなかったとは。恥ずかしい限りです」
テオドールは彼の言葉に頷き、星空に目を向けた。
「今からでも遅くないでしょう?」
彼女の返事に、アランは自然と笑みが溢れた。
「やっぱり……、あなたには敵わないな」
翌8月24日––––陸上自衛隊はダンジョン第3エリアへの本格侵攻を開始した。
投入戦力。
攻撃ヘリコプター12機。
多目的ヘリコプター15機。
輸送ヘリコプター10機。
戦車24両。
機動戦闘車(MCV)8両。
装甲車両87両。
自走砲60門。
自走ロケット砲24両。
その他支援車両多数。
そして––––普通科歩兵1500名。
目標は第3エリアの奪取。
並びに––––ダンジョン側で戦わされている“エルフの保護”だ。
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