第173話・サバの味噌煮定食
––––ユグドラシル駐屯地 WAC寮。
「ほぉー、ほほー……。やっぱり四条は強いですねー。透とタイマンを張っただけはあります」
整理整頓された自室のベッドに座りながら、執行者テオドールは新品のタブレットを見つめていた。
画面には、雪山で魔導スーツを鹵獲した様子が映っており、作戦が順調に進んでいることを示している。
「まっ、透の部隊の人間ならこれくらい出来て当然ですけどね。わたしのマスターの部下なんですから、いわゆる最低限というやつです」
自信に満ちた顔をしたテオドールは、タブレットの電源を落とす。
気づけば夜になろうとしており、彼女は亜麻色のブレザーの上からお腹をさすった。
「そろそろご飯にしましょうか、透は……確か出撃前だから忙しいんでしたね。仕方ありません……今日は1人で食べますか」
ここ最近のテオドールは、すっかり透ありきの生活となっていた。
聴取の時間を除けば、食事はもちろん休憩時間も常に一緒。
ご飯中に関しては、周囲から目立って極まりないレベルでいちゃついていた。
尚、周りの自衛官は満場一致で「新海の女たらしが原因」と口を揃える。
「ほぉほぉ、今日はサバの味噌煮定食ですか……。また食べたことのない料理ですね」
ワクワクした感情と共に、テオドールは自身のトレイに食事を取り、自席へ行った。
ご飯大盛り、お漬物、お味噌汁、青じそドレッシングの掛かったサラダ––––そして。
「こ、これがサバ味噌……お魚さんだったんですね」
白く四角いお皿には、サバの切り身にたっぷり味噌が乗っていた。
香ばしい香りに思わず唾液をこぼしそうになりながらも、テオドールはお気に入りの席に着く。
別に隅っこや特定の場所というわけではなく、単に透がいつも座る席の隣だった。
そして、彼女は全く気づいていないが……テオドールの周囲では、同じくサバ味噌を食べようとしている自衛官たちがいた。
彼らはみな一様に、不審者にならない程度でテオドールに注意を向けている。
「では……、頂きましょうか」
手を合わせ、「いただきます」と言ってすぐ––––サバをフォークで切って口に放り込んだ。
「はむっ」
緊張の一瞬が……食堂内の空気をヒリつかせた。
1秒が1分にも感じられる時間が過ぎて、執行者は遂にその咀嚼していたものを飲み込んだ。
「ほえぇ…………」
頬を押さえながら、至福の笑顔を見せるテオドール。
食堂内の自衛官や、給養員が隠れながら一斉にガッツポーズをした。
その心情を声として出すなら––––
【良い鳴き声だ……! ほえちゃん!】
【サバが口に合って良かったぁ〜! 最近の若い子はあんま食わねえからぁ……】
【これを生で見れる環境……、自衛官になって良かったぁ……!!】
一方のテオドールは、食堂内の全員に見守られているとも知らずに、サバ味噌を堪能していた。
「味噌とお魚がこんなに合うなんて……! ま、まさかこれをおかずにご飯を食べる最強コンボが!?」
そう言って、今度は切り身と一緒に白ごはんを頬張った。
もちろん、味噌をたっぷりと付けて……。
「ほ、ほええ…………!!」
その一口が、彼女の中で新たな味の革命を引き起こした。テオドールは、これまで経験したことのない食の喜びに浸る。
否––––強制的に浸らされた。
サバの味噌煮の濃厚な味わいと、白いごはんのシンプルな美味しさが絶妙に合わさり、彼女の食生活に新たな1ページが加わったのだ。
さらにこれだけでは終わらない。
サバ味噌と白飯の余韻が残る口へ、テオドールは熱々の味噌汁を流し込んだ。
快感とも言える味のストレートコンボに、彼女は満面の喜びを浮かべて悶える。
「むふぅ……っ、ンフフ」
漏れ出す美声は、周囲の自衛官たちを一気に癒す。
2000億円を一晩で稼いだ笑顔は、ひとえに破滅級の威力。
まさしく、魔法少女にしてアイドル、そして宣伝部長の名に相応しい姿だった。
「こんなにも幸せな気持ちになれるなんて……、相変わらず、日本はなんて恐ろしい国なんでしょう」
そうつぶやきながら、テオドールは再びサバ味噌にフォークを伸ばす。
しかし、その瞬間……彼女の耳にある声が届いた。
「て、テオドール様!?」
振り向けば、そこには長い耳を持った男が立っていた。
彼の手にも、サバ味噌のトレイが握られている。
秒の間に記憶を掘り起こし、テオドールは返答した。
「アラン隊長ではないですか……モグッ、お久しぶりです」
口を手で隠し、一瞥してから食事を続けるテオドールの隣に、慌てて座りながらアランは振り向く。
「消息不明と聞いていたのですが、ここにいらしたのですか!?」
驚いた様子のアランに、テオドールは疑問符を浮かべながら答えた。
「あれ、そっちではわたしのバカ姉が、裏切り者と喧伝していたのではなかったんですか?」
「滅相もない! 私はテオドール様が行方不明になったとニーナから聞いたのです! まさか生きておいでだとは……!!」
サラダを噛みながら、しばし熟考……。
おそらくだが、運営側でも情報は錯綜しているのだろう。
千里眼の異名を持つニーナはさておき、アランはベルセリオンと直接的な関係に無いはず。
末端の方には、行方不明として伝えられているのだろう。
まぁ今はそんなことどうでも良い。
テオドールは、端正な顔をアランの食事に向けた。
「早く食べた方が良いですよ、温かい内が最高の食べ頃ですから」
「あ、はい……テオドール様がおっしゃるなら……」
隣でモグモグと美味しそうに食事をする元上司を見て、アランはふと思ってしまったことを呟いた。
その視線は大盛りご飯から、華奢な身体へと移される。
「あの……、テオドール様」
「ん? なんですか?」
「気のせいであれば申し訳ないのですが、その………………少し太られましたか?」
「………………………………ほえ?」
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