第164話・戦場より複雑な問題
お待たせしました!
第3エリア攻略戦編、開始です!
––––ダンジョン外郭部、第4ヘリポート。
大型輸送ヘリコプターのチヌークですら停められるヘリポートが、ここには約8基も設置されていた。
これと同じ規模の物が他にも4箇所あり、ダンジョン内に物資や兵器を入れるのに役立っている。
「スカイ1よりダンジョン・コントロールへ、着陸許可を求む」
「こちらコントロール、風速は東へ20ノット。少し揺れるが問題ないだろう」
「了解」
本日の定期便、第6号に乗って––––1人の自衛官がダンジョンに降り立った。
「ふぅー、いつ来てもここはやかましいね〜。サッサと中に入ろ」
そう呟いた錠前1佐は、ヘリポートの階段を降りる。
目の前には、LAVと1人の部下が立っていた。
「休暇返上でのお勤め、お疲れ様です––––錠前1佐」
ビッと敬礼した新海透は、LAVの助手席を開けて錠前を出迎えた。
上官の搭乗を確認してから素早く運転席に座り、エンジンを始動––––誘導員の指示に従いながらダンジョン内部へ入っていく。
最初に攻略した欧州風無人街を走りながら、透はひとまず口調をほどけさせた。
「ついてませんでしたね、まさか旅行先で敵が現れるなんて……1佐の貴重な休暇が」
透は事前の会話で、錠前が本当に休暇を楽しみにしていたのを知っている。
那覇駐屯地からの連絡で直帰すると聞いた時は、心から同情したほどだ。
しかし、当の錠前はさして気にした様子もなく––––
「飛行機がトラブったり、荷物を盗まれたわけじゃない。僕にとっては街中で詐欺の募金グループに話し掛けられた程度のハプニングだ」
「思ったより落ち込んでないですね」
「当然、むしろ得たものは非常に多かったからね。沖縄の海は確かに堪能できず残念だったが……それ以上に得があった」
呟いたサングラス付きの上官へ向けて、透はハッキリ言い放った。
「その“眼”ですか?」
「おっ、真っ黒なサングラスなのにわかるんだ。それも直感ってやつ?」
「まぁ一応……、精神がイカれてると思ったら、遂に人間まで辞めましたか。お似合いですよ」
「新海も言うようになったね〜、これについては駐屯地へ戻ったら色々教えてあげるよ。それより新海……」
神妙そうに言った上官は、長い足を組んでもたれかかった。
「何か悩んでるでしょ、大方……四条2曹についてかな? 昨日の配信でも映ってなかったもんね」
「……やっぱ、あなたには隠しきれませんか」
路地を曲がり、アクセルを踏み込む。
「アイツは……俺のことを特別だと言ったんです、でもどう特別かは教えてくれなくて……。結局答えがわからない」
それを聞いた錠前は、心底呆れたような顔をして––––
「新海ぃ……、お前女たらしのくせにそこまで鈍感だったの? 今時そういう主人公は漫画だとウケないよ?」
「あなたにだけは言われたくないですね……、ってか真面目に聞く気あるんですか?」
「もちろん、鈍感君の新海にはシンプルな答えをあげよう」
指を立てた錠前は、ニッと笑った。
「四条2曹はね、多分だけど––––“君のこと好き”だよ」
「え、嘘ですよね?」
新海は運転中にもかかわらず、びっくりして錠前1佐を見返した。
彼の表情からは冗談の気配は一切感じられず、むしろ真剣そのものだった。
「まあ、一言で……とても簡単に言ってしまえばだけど。人間関係ってのは、あまり単純なものじゃないからね」
錠前1佐はサングラスの奥で魔眼を細めながら、透を見つめた。
「新海、お前はダンジョンで多くの戦場を経験してきた。だが、これに関しては戦場と全く違うよ、もっと複雑で……時には理解しがたいものが人間関係にはあるんだ。愛情、友情、信頼……これらは直接的な言葉や行動だけでは計れない、とても深いものだよ」
「けど、四条が俺を好きだとして……どこをどう好いてくれてるのか、それが俺には全然わからないんです。俺のどこが良いんだか……こういうのって直接聞いた方がいいんですかね?」
透は少し困惑しながらも、本音を漏らした。
そんな彼に、錠前1佐は人生の少し先輩として優しく微笑んだ。
「直接聞くのも一つの手だ。しかし、その前に新海––––お前自身が“どう思っているか”をはっきりさせた方がいい。四条2曹の気持ちがどうであれ、お前の感じていること、お前が望む関係性は何かをまず理解することが……とても大事だ」
自分の望む関係性……。
思えば、最初に出会ってから透は彼女とちゃんと向き合えていたか不安になった。
自分は防大卒の新兵、対して四条は陸将のご令嬢でベテラン自衛官。
階級は自分の方が上だが、どこか距離感があったのも否めない。
いや……そうじゃない、本当に考えるべきは自分が四条をどう思っているかだ。
この胸に渦巻くモヤモヤは……、果たして何なのだろうか。
「……女心ってわかんねぇ…………」
心底からの本音。
新海透という人間は、社会人としては立派だが……女子相手にはまだまだ未熟だった。
整備されたダンジョンの道を進むにつれて、透は自分の感情が今まで鈍感も良いところだったと改めて知る。
錠前1佐の言葉は、彼にとって新たな視点を与えていた。
「わかりました。ちょっと考えてみます」
「それでいい、人の心は複雑だからね。時には僕ですらわからなくなる。でも、その複雑さを理解しようとすることが、人間関係をより豊かにするんだ」
錠前は続ける。
「しっかり悩みな、君は僕と唯一対等な存在になれる人間だ。強さも心も、“最強”の僕が認めてるんだ––––自信持ちなよ」
LAVはダンジョン内部の駐屯地に到着した。
エンジンを止め、二人は降車する。
「では、1700にまたお部屋へ伺います」
「はいよ。まぁ四条2曹のことは今度ゆっくり考えてみてくれ、今はここでの任務に集中しよう。このダンジョンから得られる情報や資源は、日本国にとって非常に価値があるからね」
「はい、了解しました」
新海は深呼吸を一つして、心を落ち着けた。
これから始まるダンジョン内での大攻勢に向けて、彼は自分の心と向き合う覚悟を固める。
––––翌日、統合幕僚監部より第3エリア攻略戦が下命された。
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