第158話・透と聖園
––––陸上自衛隊 ユグドラシル駐屯地。
課業終了のラッパが鳴り渡り、自衛官たちが食事に向かう。
事務作業を終えた透も、自らのお腹を触って……。
「腹減ったな……、休暇でいない錠前1佐のカバーしてたら、昼飯も食えなかった……」
椅子から立ち上がり、通路に出る。
改めて実感したが、あの人間は戦闘だけじゃなくて書類仕事も化け物レベルでこなしていた。
思い返せばほぼ毎日延灯して残業していたし、ある日は深夜の2時に退勤したと思ったら、午前4時にまた出勤して来たと警衛の噂で聞いたこともある。
3佐以上の幹部自衛官はブラック企業も真っ青だと聞くが、納得の仕事量だ。
これで公務員だから残業代も無しというので、本当に削られる仕事である。
せめて、今回の沖縄旅行で存分に発散してくれたらと願うばかりだ。
「飯は5分で済まして、風呂も速攻でやらんとな……洗濯部屋が混むと面倒だ」
この駐屯地は本土と比べて特別だが、やはり予算の限られた陸自の施設に変わりはない。
アイロンや洗濯機は数に限りがあり、もし運が悪いと混雑してかなり遅くまで掛かってしまう。
最悪間に合わなければ、洗えない……もしくはシワシワの作業着を着る羽目になる。
そうなれば大事なので、透は防衛大時代で鍛えた早飯早風呂を行おうとして––––
「あっ」
「おっと?」
1人の女性自衛官とバッタリ出くわした。
長い黒髪はストンとしていて。幼い顔から八重歯が覗いた美人のWAC。
「お疲れ様です、新海3尉」
そう言って敬礼したのは、聖園3等陸曹だった。
彼女はアパッチ・ガーディアンのガンナーであり、透たちと雪原エリアで共に戦った自衛官だ。
「君か……。お疲れ、どうだ––––ここには少し慣れて来たか?」
「は、はい! 皆さんレンジャーやら空挺やら冬季やらいっぱいいて、勉強の毎日っす。新海3尉に至っては、もう雲の上の英雄です」
「俺はそこまでだよ、チームに恵まれただけだ。食堂行くのか?」
「はい、機体の整備が終わったので、先輩から食って来いと」
「じゃあ一緒に行こうぜ、せっかくだからヘリについて色々教えてくれ」
並んで歩くと、身長差がかなりあった。
透が175センチ以上であり、聖園は四条とほぼ同じ165手前。
こんな小さな身体で、あの強力なヘリコプターを操っているというのも凄い話だった。
「前の戦闘では助かったよ。聖園が援護してくれなかったら、だいぶ危なかった」
「いっ、いきなり呼び捨て……」
顔を赤らめる聖園に「どうした?」と聞く透だが、彼女は首を振りながら「なんでもないっす!」と返した。
「く、訓練だけしか経験無かったんで……初めての実戦が上手くいって良かったっす。新海3尉の索敵能力には驚かされましたが……」
「俺はお手伝いしただけ、君はしっかり任務を完遂したんだ。もっと誇って良い、でも気になるんだが––––」
隣を歩きながら、透が腕を組んだ。
「陸自じゃ攻撃ヘリは全廃する方向なのに、どうしてガーディアンに乗ろうと思ったんだ? 導入した話は聞かなかったけど」
「それはですね、幕僚内の争いが原因かと」
「幕僚……、陸幕のことか?」
「今陸自には2つ大きな声があるっす。1、攻撃ヘリは全部捨ててドローンで代替しよう。2、防御においてはまだ有用だから、最低限残そう。こんな感じですかね」
「ニュースでは全廃と聞いたが……」
「おっしゃる通り、でも後者の派閥はそれをヨシとしなかったっす。わたしがパイロットに選ばれたのは偶然でしたけどね」
「あー……、だから米国で秘密裏に訓練とかやってたのか」
攻撃ヘリというのは、確かに地球においては時代遅れの兵器となっている。
対空ミサイルが進化・普及した今、速度の遅いヘリは確かに的だったが……。
「2023年のウクライナ南部戦線、そこである戦術が光ったんです」
「戦術?」
「はい、ウクライナの反転攻勢を見事に防いだ兵器がありました。なんだと思います?」
「火砲じゃないのか?」
「確かにそれも一因っすけど、地雷と並んで攻撃ヘリが活躍したんですよ」
「ヘリ? ウクライナ軍は防空ミサイルを持ってただろう。落とされなかったのか?」
「それが驚くことに、露軍は攻撃ヘリを最大射程ギリギリから撃つ空中ミサイル砲台として活用したんです。アメリカが供与したスティンガーの有効射程が約3キロ。ソ連製短距離防空ミサイルが5キロほど。それに対して、8キロのアウトレンジ攻撃で機動防御したんっす」
2023年の夏に行われたウクライナ反攻は、欧米戦車の供与を受けてから実施された。
しかし、地雷や上記の攻撃ヘリによる適切な防御によって失敗した。
これを見た陸自のある派閥が、やはり防衛において攻撃ヘリは有用と判断。
裏でガーディアンを取得し、現在––––ダンジョンに配備されるに至る。
「っとまぁこんな感じっす。これからは頭上でいつでもサポートするんで、任せて欲しいです!」
胸を叩く聖園に、透はリスナーが見たら惚れそうなほどの笑顔を向けて––––
「あぁ、頼りにしてるよ。なんせ四条の同期だからな、絶対優秀に決まってる。いや、優秀なのはこないだ見たか……なんにせよ、頼りにしてるぜ聖園」
「ッ……!!」
食堂で別れ、透はそこで待っていたテオドールの所へと向かう。
背後から見届けた聖園は、顔を赤くしながら……。
「……ッ、やっぱり。噂通り凄い女たらしな方だ…………」
ちょっとドキドキしながら、聖園は落ち着かない気持ちで席に座る。
一方で、そんな自覚を一切持たない透は、テオドールに喋りかけていた。
「テオ、今日の夜––––久しぶりに配信するぞ。お前宛のスパチャを受ける準備が、やっと終わったんだ」
世界の配信業界に、史上最大の衝撃が––––この夜走る。
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