第157話・ダンジョン・マスター
突如現れたダンジョン・マスターは、錠前と正対しながらずぶ濡れの執行者を一瞥する。
「随分と無様な姿であるなぁエクシリア、出向の者とはいえ……執行者としての威厳は保ってもらわんと困るぞ?」
ニヤつきながらの言葉に、濡れた金髪を振ったエクシリアが不機嫌そうに返す。
「ッ……!! お前がわたしに指図するか。主に全てを与えられた分際で……!」
「黙れ、今は俺の部下なんだろう? 命が惜しくば下がれ––––あの男は貴様の手に負えん」
「チッ……! 言っとくけど助けられたなんて思ってないから、勘違いしないでよね“エンデュミオン”」
歯軋りしたエクシリアが、陳大佐のところまで下がる。
部下の退避を確認したダンジョンマスター……、エンデュミオンと呼ばれた男は、逆立った黒髪を撫でた。
「さて……こいつは驚きだ。“アノマリー”と“魔眼”の抱き合わせとは、どちらか片方だけなら見たことあるが、両方持っているのは初めてだな」
驚きつつ感想を述べるエンデュミオンに、錠前は高速で思考していた。
––––今この場で全力を出せば、ここにいる奴らは全員殺せる。
だが、そうなればどう少なく見積もっても、今足場にしている那覇市役所の人間は助からない。
百数十人の無実の人間から、日常を突然奪い去ることになる……。
まだ『魔眼』もテスト段階なので、魔法結界の再展開は現状難しい。
加えて、あのダンジョン・マスターをよしんば殺せたとして、東京湾に浮かぶダンジョンがどうなるかわからない。
最悪––––そのまま海へ落下する恐れがあった。
「いや……」
いっそダンマス以外は皆殺しにして、本人は近接フルボッコでギリギリ生かすのはどうだ?
……んー、でもこれも結構リスクがあるな。
殺るなら一瞬で決めるべきだし、じゃないと民間人の犠牲が出る。
ならここで取るべき最適の行動は––––
「止めだやめ、僕は休暇を楽しみに来たんだ。貴重な時間をこれ以上お前らに渡したくないね」
戦闘の放棄。
今この場では、奴と戦わない。
殺すもボコすも情報が足りな過ぎる。
「ほう、そっちから言ってくれるとは思わんかったぞアノマリー。さっき結界内を観察していたが……確かに、今の貴様では俺でも勝てない恐れがある。なんせ、魔眼を持ったアノマリーなんざ想定外もいいところ……情報が足りんのだ」
「じゃあサッサと帰ってくれ。テメェらはアノマリーが来たらいちいち逃げてた腑抜け揃いなんだろ? 今回は見逃してやるから、帰ってガキに良い飯でも食わせるんだな」
「はっはっは! 笑止! 執行者共には最低限食わせてある、リソースは有限なのだ。どのみち魔力で補えば餓死などせん。そうだろう? エクシリア」
嫌らしく問うエンデュミオンに、エクシリアは顔を背けて無視した。
「上官は人望が大切だぜ? マスターさんよぉ。大人なら寿司くらい奢ってやれよな」
「必要ないな、飯なぞ最低限で良いだろうに。じゃあお言葉に甘えて帰らせてもらおう」
「あぁ帰れ帰れ、でも1つ––––」
錠前が空中を指でなぞった。
「これだけは貰っていくぞ」
瞬間、エンデュミオンの持っていた剣が粉微塵に砕け散った。
錠前の放った『絶』が、1秒間に数千回の斬撃を加えて破壊したのだ。
「ッ!!!」
「さぁさ皆さん、お帰りは転移魔法でお願いしますよー。不法入国者にパスポートなんざ無いし、飛行機なんて君らには贅沢っしょ」
ケタケタと笑う錠前に、エンデュミオンが「餓鬼めっ」と悪態をつく。
魔法陣が3人を覆った。
「貴様らに第3エリアが攻略できるか、はてさて……見ものであるなぁ。また会おう––––日本人よ」
エンデュミオン、エクシリア、陳大佐の3人が消え去る。
沖縄へ訪れようとした死の嵐は、錠前によって阻止された。
だが、これが終わりではないことを––––彼は悟っていた。
「さようなら……、僕の年次休暇」
そう呟いた錠前は、海水浴場の更衣室で即座に水着––––ではなく、迷彩服へ着替えた。
次いでホテルと、申し込んでいたツアー全てに謝罪とキャンセルを申込む。
さらに近くにあった郵便局で後払いのキャンセル料(全額自腹)を払い、彼はタクシーで陸上自衛隊那覇駐屯地へ向かった。
彼の休暇は……潰れた。
当たり前ですけど、自衛官は公務員なので錠前に対して賞与や手当て、代休が与えられたりはしません。
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