第156話・邂逅
夏空が輝く––––
炎天下の中、エクシリア達はその場に立ち尽くすことしかできなかった。
転移で錠前の結界から出た彼女らは、大急ぎで那覇市役所の屋上へ逃げて来ていた。
なのに……。
「よぅ侵略者共、逃げられると思ったか?」
結界脱出から、地球時間にして僅か3秒……。
たったそれだけの間で、エクシリアと陳大佐は、空中に浮かぶ錠前から見下ろされていた。
紅く光る『魔眼』を見て、さしものエクシリアも冷や汗を流す。
「驚きね……、まだあなたを振り切って7秒しか経ってないはずなんだけれど」
訝しむエクシリアに、冷たく見下ろす錠前が答えた。
「僕の作った結界だぞ、中の時間なんていくらでも変更できる。実際は10分くらい掛かったさ」
軽々言うアノマリーに、陳大佐が焦燥気味の笑みを見せた。
「マジでなんなんだよ君は……、日本の自衛官にこんなヤツがいたのか? 結界の条件なんてそう簡単に変えられないと彼女に聞いたが……」
それもすぐに答えがわかる。
––––あの“眼”だ。
あの不気味に光る目が、ヤツを……アノマリーとして完成させてしまったのだ。
「常識の話なんてしてねぇよ、ところで君ら––––」
ドス黒い魔力が溢れ出る。
ゲラゲラゲラと魔王が大笑いしているような魔力は、南国の温和な空気を粉砕した。
「言い遺すことはあるか? あるなら聞いてやる。今際の際だぞ」
「「ッ!!!」」
エクシリアと陳は同時に動いた。
一気に魔力を解放したエクシリアが、覚醒したテオドールを遥かに上回るスピードで肉薄。
ゼロ距離から魔法をぶつけようとして––––
「ガッ…………!!!?」
彼女の動きより数倍速く、錠前の拳が突き刺さった。
手首まで腹に埋まった一撃に、エクシリアは大量の血を吐き出す。
「ガキは嫌いなんだ、寝てろ」
ふざけた力で吹っ飛ばされたエクシリアは、そのまま飛行機よりも高速で海岸へ。
巨大な水柱を立てて、彼方の海へ叩き落とされた。
「ふむ…………」
確かに直撃したが、ダメージを与えた感触がイマイチ無い。
なるほど、竜人とは確かにレベルが違うらしかった。
「化け物め」
あのエクシリアが一撃でやられた。
それでもなお陳は動きを止めず、白装束の中に隠していた拳銃を取り出す。
錠前は指を、大佐は銃を向け合った。
「おいおい、大事なビジネスパートナーが吹っ飛んでったってのに。随分と薄情だな」
「生憎だね、私らは互いを尊重するが利己的だ。彼女に対して愛着は無いよ」
「そんなんだから世界中の投資先で嫌われるんだよマヌケ、まぁそれに引っ掛かるアホも大概だが……お前ら中国人は、もう少し取引相手を大切にした方が良いぜ?」
「アノマリーには言われたくないな、どうだい……? 人間を辞めた気分は」
屋上にゆっくり降りた錠前に、陳大佐は銃を向け続けた。
それがたとえ、無駄な行為だとしても––––
「まぁ悪くはないかな、今ならなんだって出来そうな気分だ。人を大量に殺しても……きっと何も感じないだろう」
「虐殺者に成り下がるか? その力で中国やロシア本土を焼け野原にするつもりかい? どっちが侵略者か聞きたいね」
陳の挑発に、錠前は歩きながら口角を上げる。
「はっ、何勘違いしてんだ。まぁ確かに今なら中露を焼け野原にすることも……もしかしたら出来るかもしれない。けどな」
紅く光る眼で、彼は真剣に答えた。
「僕は自衛官だ。専守防衛の精神を捨てた覚えはないし、中露の人間を虐殺するつもりは無いよ」
「……解せないね、今の君は最強なんだろ? 軽く出来るはずだ。なぜそうしない」
「確かに皆殺しは一番手っ取り早いさ、でもそれは思考停止したバカの発想だ。ロシアはともかく中国に一体どれだけの日本人がいると思う? 中国を消滅させれば、数多の日本企業が潰れ……何人の日本人が首を吊るかわからない。そんな愚行は絶対しないよ」
「ならどうするつもりだ? 君が手を出さなくても、我々中国はいずれ日本を併合するぞ」
陳の言葉に、錠前は高らかに笑った。
「バブルが弾けて、デフレに陥った超負債国家が言うじゃん。もう数年以内に実質GDPで日本は貴様らを追い抜くのにな」
「失われた30年に縛られた国家が言うか、それともなんだい? アノマリーとなった君が日本の守護神を気取ると?」
「さっきも言ったが……勘違いしてんじゃねぇよ。僕の野望は中国とロシアの粉砕だ。そこはブレない」
「矛盾してるぞ、化け物。焼け野原にせずしてどうやって粉砕するつもりだ?」
「それはお楽しみってやつかな。でもあるんだよ……空爆しなくても日本に被害なく、“中露を粉砕する方法”がね」
錠前の指に、魔力が集中していく。
紅く光ったそれを纏い、遂に彼は陳大佐へ殺意を向けた。
床を思い切り蹴って、凄まじい速度で肉薄する。
立ち直ったエクシリアが傍へ転移して来たが、それももう遅い。
錠前の技が、陳の首へ命中する刹那––––
––––バァンッッ––––!!!!!!
轟いたのは炸裂音。
発生した衝撃波の中から、押し出された陳大佐とエクシリアが出てくる。
2人が見上げた先で、信じられないような光景が広がっていた。
「これが第2のアノマリーか……、なるほど実に愉快」
「ッ……」
空中で錠前を止めたのは、黒が基調のコートに身を包んだ若い男だった。
至近距離で睨み合った後に、2人は一旦距離を取る。
「なるほど……」
ヤツが手に持った剣は、一目で通常の武器ではないとわかった。
エクシリアと陳を守り、今の錠前を止められるだけの力の持ち主。
魔力を収めた錠前は、一言だけ呟いた。
「遂にお出ましってわけかな?『ダンジョン・マスター』さんよ」
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