第153話・あまりにも不幸な邂逅
「本当にここで良いの?」
とある自衛官がアップを始めた海浜公園から僅か100メートルちょっと……、ヤシの木が生い茂る道の上で、金髪の少女が質問した。
「あぁ、この辺でその……なんだっけ。召喚獣を出せば、周辺ごと那覇基地を消し去れるでしょ」
質問に答えたのは、全身を白装束で覆った男。
中国国家安全部所属の、陳大佐だった。
「うっふふ、隣国のことだと油断してたら……今度は自国の離島でドカンだもの。ようやく日本人が泡を吹く瞬間が見れるわね」
妖艶な笑みを浮かべた執行者エクシリアは、陽に照らされながら呟いた。
「転移魔法による奇襲は絶対に防げない、“天界1等神獣”なら地球でも十分通用するのは韓国でわかったし、これでようやく自衛隊にダメージを与えられる」
魔力を展開。
召喚の儀式に入ったエクシリアは、即座に詠唱を開始した。
「闇より何処へ、光は導かん……空洞の先で主は微笑む」
これで那覇の壊滅は確定した。
自分はベルセリオンとは違う、ダンジョン内で殺せないなら本土で殺せば良い。
魔力回収の採算は少々合わないが、収支がプラスに少しでも上向けばそれで良い。
「召喚––––」
エクシリアと陳の前に現れたのは、ソウルを襲撃したあの“竜人”だった。
今回は最初からこの形態での召喚に成功したので、後は適当に自爆させるだけ。
なんという簡単な仕事だと思った矢先––––
「ねぇ君たちー」
飄々とした声が掛けられる。
エクシリアも陳も、竜人も目を丸くした。
「こんなところで何やってんの?」
立っていたのは、いかにも旅行客といったサングラスの男性。
異形の竜人を見ても、全く動揺していない。
「…………?」
––––転移魔法による奇襲は合理の極みだった。
普通に考えて、これ以上良い作戦は存在しない。
ただ、ただ1つ……彼女たちには最も必要なものがこの場で欠けていた。
「今のって、魔法だよね?」
それを敢えて言うなら……“あまりにも不幸な邂逅”……。
お互いがお互いの存在を知らない上で、本当に偶然……たまたま出会ってしまったのだ。
陳大佐が狙っていた航空自衛隊那覇基地と、現代最強の自衛官が休暇に来たビーチは––––あまりに距離が近すぎた。
「貴様は…………?」
不幸、悲劇、惨劇、最悪……全部の言葉をない混ぜにして怨嗟として吐き出して良いレベルの鉢合わせ。
まさしく事故だ。
「なるほど、徳を積んできた甲斐はあったわけだ。せっかくの休暇が潰されるところだったよ」
おぞましい笑みを浮かべた錠前1佐は、全身からドス黒い魔力を放出した。
ゲラゲラゲラと大笑いしているようなそれは、まさしく”魔王“と呼ぶに相応しい出力。
「ッ!!!!」
エクシリアは即座に右手へ魔法陣を展開し、光の剣を具現化。
全力で投げ付け、錠前の胸を貫通した。
大量の血が吹き出し、少し後ろに仰け反る。
「エクシリア、こいつ……そんなにヤバいやつだったの? 君がこんなに慌てて殺すのは初めて見たよ」
冷や汗を流しながら聞く陳に、彼女は震えた声で返した。
「こいつ……、わたし達の知らない類いの魔力を放っていたわ。それも背筋が凍るくらいのね、だからすぐ処理した」
「良い判断だ、まぁどうせ––––この辺りはもう更地に……」
言いながら気付く。
胸を貫かれた錠前が、まだ倒れていないことに。
おかしい、そう思った瞬間––––
「いきなりブッ刺すとか元気っ子か? どこぞの灰皿とはまた違う種類だな」
「「ッ!!?」」
体勢を戻した錠前は、痛がる素ぶりすら見せずに剣を引き抜いた。
血が飛び散り、一瞬で蒸発する。
注目すべきは、即死級の傷口だろう。
開いた穴が、信じられない速度でボコボコと再生––––塞がったのだ。
こいつはただの観光客じゃない、エクシリア達はこの時点でようやく気づいた。
「これが治癒魔法ってやつかい……? 話に聞いてたより随分と凄い効果だね。っていうか、こいつ……人間か?」
訝しむ陳に、エクシリアは眼前の“魔王”を睨みつけながら答えた。
「治癒魔法じゃないわ……、アイツは魔力を一切使っていない。元来持つ再生能力よ……!」
「地球人はそんなもの持ってないけど……」
「そう、本来あり得ない出力の肉体反転! だからこいつは––––人間じゃないッ!」
警戒態勢へ入ったエクシリア達に、傷を完璧に治癒した錠前は胸を小突いた。
「正ッ解!」
刹那だった。
錠前が足裏を地面に叩きつけると、空が深い蒼色に染まった。
それは、東京で展開されたものと非常に似ていた。
時間も空間も隔絶され、一気に封鎖される。
「『魔法結界』!?」
エクシリアが探知した範囲では、その半径からして既に馬鹿げていた。
新宿での戦いが、2ヶ月分の魔力結晶を用いて4000メートルだったのに対し、この空間は––––
「沖縄本島全域が……飲み込まれたっ!?」
信じられない規模での空間魔法だった。
これだけの結界術は、ダンジョンマスターでもできるか怪しい。
傍に立っていた3メートルはあろう竜人が、初めて喋る。
「エクシリア様、自衛隊は魔法結界用の結晶を使い果たしていなかったのですか?」
「そのはずだったんだけどねぇ……」
錠前に刺さっていた光の剣が、ボロボロと崩れ落ちる。
あり得ない光景だった……、エクシリアの魔法があっという間に分解されてしまう。
沖縄県を結界で隔絶された以上、今ここで自爆させても意味が無い。
つまるところ––––
「見た感じダンジョンの執行者と、中国国家安全部の人間だね……隣の竜人は、テレビで見たな。韓国軍を蹂躙した奴か」
「そうよ、でも残念ね……貴方が何者か知らないけど。この召喚獣は韓国襲撃の時より“格段に強くなっている”。無駄な抵抗は––––」
言っていたエクシリアの眼前で、竜人の右腕が吹っ飛んだ。
切断された部位が、空中で斬り刻まれて消滅する。
「無駄な抵抗が……、なんだって?」
指を立ててニヤつく錠前。
––––なんだ、何が起きた……!
切断系の魔法なら、今の竜人が反応できない訳がない。
あのテオドールの斬撃だって、知覚くらいは容易にできる。
それをこの男は、魔法とも呼べないような……“未知の技”で攻撃して来た。
命の危険を感じた彼女は、すぐに保険を発動。
陳大佐を連れて、結界の外へ脱出した。
「へぇー、面白い芸当するじゃない」
残った竜人と対面しながら、錠前は顎を触る。
「……なるほど、僕が空間魔法を展開すると同時。彼女も同様に小さな結界を生んでいた。そこから逃げたわけか……」
クスクスと笑う錠前に、腕を再生させた竜人が近寄る。
「余裕そうだな、人間」
「そう見えちゃう? いや何、休暇ついででせっかく“テスト”が出来るんだ……君に1つ提案してあげるよ」
「提案だと?」
「僕に致命打を与えられたら、ダンジョンの栄養になってあげる。きっと喜ばれるよ?」
「……二言は無いな?」
「もちろん、来いよ木偶の坊––––人の休暇に割り込んだツケを払わせてやる」
両ポケットに手を入れた状態で、現代最強の自衛官にして魔王は––––不気味に笑った。
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