第152話・休日の始まり
透とテオドールの練習試合から2日が経った。
ダンジョンの外では、未だにソウル壊滅の衝撃が世間を支配していた。
一体誰が行ったものなのか、詳細は一切不明ながらも––––1つ確かなことはある。
『本日のニュースです。韓国軍合同参謀本部によりますと、黄海において中国軍爆撃機が西から領空侵犯。次いでロシア航空宇宙軍の戦闘機が日本海から領空へ接近。韓国空軍の戦闘機がスクランブル発進したとのことです』
ソウルでの死者は実に300万人を超えた。
これは、太平洋戦争全体で亡くなった日本人とほぼ同数であり、これほどの犠牲がたった一晩で出た事実に、世界は衝撃を受けた。
ある3国を除いて––––
『続いてお知らせします。北朝鮮とロシアの合同陸軍が、38度線付近で軍事演習を開始したとのことです。専門家の沖田さん、この動きをどう見ますか?』
『ソウルの爆発で韓国政府は主要閣僚が全滅しており、現在は主にアメリカを中心とする国連軍が軍事的指揮をとっている状態です。韓国の政治的空白を狙った、危険な状態と言って良いでしょう』
『では沖田さん、このまま演習と称して……軍事的侵攻もあり得ると見て良いんでしょうか?』
『可能性としては十分に高いです、2022年にはウクライナ侵攻の前例がありますからね。ロシアはこの期に乗じて、不凍港を手に入れたがっているのかもしれません』
『現在の韓国軍で、果たして阻止できるのでしょうか……?』
『韓国は世界でも10本の指に入る軍事国家ですが、中露北など複数国からの侵攻に単独で耐える力はありません。在韓米軍や在日米軍、自衛隊の支援が不可欠です』
『在韓米軍が南部へ撤退を開始したとの情報もありますが、こちらは事実なんでしょうか……?』
『国連軍の主要防衛ラインは北部38度線ですが、ソウルが壊滅した今……米軍は守備範囲を下げた可能性が極めて高いです。仁川……いや、最悪釜山まで南下しているかもしれません』
『そ、そうなったら……! 仁川以北の方はどうすれば……!』
『現在、アメリカ主導で多国籍の軍隊が韓国へ集結しようとしています。日本、イギリス、カナダ、オーストラリアの水上艦艇が向かっているとのことです』
『じゃ、じゃあ……その戦力で韓国を助けるんですね?』
『いえ、発表されているのは邦人の保護のみ。つまり自国民を国外脱出させるために集まっているんです。戦闘のためではありません』
『じゃ、じゃあ韓国の方々はどうなるんです……!?』
『残念ながら、残存する都市や地方へ各自避難するしか無いでしょう。アメリカ軍は防衛ラインを38度線から、対馬海峡へ下げたと見て良いです』
『つまり……、国際社会は韓国を見捨てたと言うんですか?』
『そう捉えても否定できない状況です。アメリカにとって韓国は重要ですが、地理的に見て日本列島ほどの価値はありません。台湾有事に備える米軍に、朝鮮半島まで守る力は無いでしょう』
『じ、自衛隊が韓国を助けることは可能なんでしょうか?』
『それこそ無理難題です! 日本は韓国と安保協定を結んでいないし、同盟国でもない。あくまで”同志国“なんです。朝鮮半島に陸上自衛隊を送る法的根拠も……現在はありません』
『集団的自衛権を行使するという手は……!』
『それもできないでしょう、自衛隊は朝鮮半島有事において支援の立場を出ません。米軍が下がった戦場で、日本が単独で戦うことはあり得ないんです』
現在の韓国は殆ど無政府状態だった。
難民の数は日々増えており、中には日本への国外脱出を希望する者も少なくない。
しかし日本政府は、難民の流入による国内情勢悪化を懸念して、現在––––自衛隊以外による韓国からの交通を、全てシャットアウトしていた。
海上自衛隊の護衛艦、航空自衛隊の輸送機が釜山に集結しているが、各国同様自国民の救出のみを目的としている。
噂では、一部の国民の退避と引き換えに、領土問題を抱えた竹島を暫定臨時政権が日本へ完全に返還するという話もあった。
空港や港は現在大混乱となっていて、脱出を求める韓国人らが詰めかけている。
そんな緊迫した国際情勢だが、1人––––全く気にもせず休暇を楽しむ男がいた。
「やっと来れたね……、沖縄!」
テンション高めにそう呟いたのは、半袖のシャツに丈の長いサーフパンツを着た自衛官。
那覇空港を出て、豊崎海浜公園をのんびり歩いていた錠前1佐は、目の前に広がる蒼い空と海に感激していた。
「休暇申請から337日、ホテル予約から335日、この日のため––––可能な限り徳を積んできた。今僕は……」
お店で買ったジュースを手に、サングラス越しの陽光へ乾杯した。
「限りなく自由だ……!」
大きな荷物はホテルに預けて来た。
今持ってるリュックには水着が入っているので、この先に見えるビーチでゆっくり肌でも焼こう。
砂浜に拠点を構え、甘く冷たいジュースを飲みながら海を眺め続けるのも悪くない。
天気は快晴、澄んだ青がどこまでも広がるまさに南国。
彼にとっては、隣国が大爆発を起こそうが知ったことではない。
その尖り切った思想ゆえに、善良な日本人が巻き込まれなければ気にもしないのだ。
「さて––––」
ビーチに着いた錠前は、既に周りの女性から視線を集めるほど端正な顔で……。
「たっぷり遊ぶか」
高揚に満ちた笑みを浮かべる。
だがこの5分後––––那覇の海は赤く染まることが確定した。
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