第146話・執行者エクシリア
「いやー絶景絶景、敵国の首都が燃える様は花火より美しい。実に壮観極まる」
ソウル南部の高層ビル、その屋上。
爆心地から比較的遠かったこともあり、一応無傷だったここで––––1人の男が呟いていた。
長い黒髪と全身を白装束で覆った彼は、中国国家安全部所属の特殊工作員––––陳大佐だった。
彼を包む異様な雰囲気は、一般的な常人から外れていることを示している。
「素晴らしい、本当に素晴らしいよ……これが魔法! これが異世界の技術! 我々中国に今––––最も必要なモノ。半導体もGPUもくだらない、魔力こそが次世代のエネルギーだ!」
興奮する陳大佐の横で、冷たい雰囲気を纏う少女がいた。
軍服のような上着とプリーツスカートを着ており、年齢にして15歳ほどであろう金髪の子供。
しかし、どこか妖艶で幼さは全く感じさせない。
「喜んでもらえて嬉しいわぁ、こっちもそれなりの成果を得られたし」
貼り付けたような笑みを見せた少女に、陳大佐は強風に吹かれながら振り向いた。
「ほぉ、どんな成果を得られたのか……ぜひ教えてもらえると嬉しいねぇ。“エクシリア”?」
通信アンテナにもたれ掛かったエクシリアと呼ばれた少女は、手のひらに光を浮かべた。
エメラルドグリーンの瞳と、頭上の”ヘイロー“が照らされる。
「ダンジョンの外でも、問題なく“召喚魔法”が使えるとわかったのがまず1つ。けどこっちはそこまで、本当に嬉しい誤算だったのは––––」
未だ大火災を起こすソウル市内を見下ろしながら、エクシリアは呟いた。
「この地球という星……いや、この世界そのものがまるで魔力の井戸のようなモノであることがわかったわ。あり得ない規模、あり得ない埋蔵量……こんなに魔力で満ちた世界は初めてよ」
エクシリアは続けた。
「あの自爆魔法だって、本当は建物1つ吹き飛ばせれば十分なレベルなの。でもこの世界は違う……魔力が多過ぎてわたしでも扱いきれない威力になる」
そう、あのメガトン級の爆発は意図して起こしたものではない。
前までいた世界の常識で考えていたところ、予想外の威力で魔法が発動してしまったのだ。
「なるほど……、じゃあ君にとって僥倖だったわけか。私も嬉しいよ」
バッと両腕を広げ、全身で風を浴びる大佐。
「日本を潰す上で……韓国というのはどうしても邪魔だった、地理的にまるで防壁みたいになってるからね。特に最近は日本と接近し、我が中国を敵視するようになった……経済力も軍事力も中途半端な、傀儡国家の分際でね」
「あら、でもこれで韓国も粉砕できたんじゃなぁい? あなたの望みに少し近づいたと思うのだけど」
「もちろんだよ! 君が今日放ったアレはいわば”クリーンな核兵器“。戦争を変えうるゲームチェンジャーさ、おかげで生意気だった韓国を塗り潰す準備ができた」
既に中露北の侵攻部隊が、韓国を包囲し始めている。
東京で国際的信用を失ったこの3カ国は、逆に言えばもうこれ以上失うものが無い。
失墜した威信回復のため、日本の防壁たる韓国を侵略しようとしていた。
「そこまで喜んで貰えたなら嬉しいんだけど、残念ね」
「何がだい?」
「あの召喚獣はまだ残ってるけど、とても希少なの。まして––––あの規模の自爆魔法を撃つ余力が我々には無い」
「魔力は満ちているんだろう? 使い放題じゃないのか?」
「魔導士のいない地球人ではわからないでしょうけど、魔法だって万能じゃないわ」
ビルのふちまで歩いたエクシリアが、長い金髪をなびかせた。
「同じ魔力でも、世界によって性質……正確には固有振動数が違うのよ。まだわたし達はこの世界の魔力を自由に使えない。今日みたいに偶然噛み合って、粉塵爆発みたく連鎖反応を起こすことはあっても、基本的に制御ができない……だから最初に言ったでしょ? 今回は実験だって」
「なら単刀直入に聞こう、今回と同じメガトン級の爆発……あと何回起こせる?」
「んー……、そうねぇ」
しばし考えた後に、彼女は人差し指を立てた。
「召喚獣の都合もあるし……、あと1回が限界ね。それ以上は我々のリソースが足りない」
「無いなら増やせば良い、個人的にはもう5発ほど欲しいんだがね」
「無理よ、ダンジョンからの”支払い“が滞っているもの。まぁ、無能極まるベルセリオンじゃ自衛隊に勝てるか怪しいし、有能な部類のテオドールも裏切った。ダンジョン直轄の執行者連中はアテにできないわね」
「君も執行者だろう?」
「わたしはあくまでも”出向“、親会社が子会社に監視を置くのは当然でしょう?」
あまりに意味深な回答だが、今この場で追求すべきことではない。
問題は––––
「なら最後の1発はどこに落とそうか……」
「東京は辞めた方が良いわ、あそこはダンジョンに近過ぎる……我々の資産に傷が付いたら困るし、下手をしたらテオドールに見つかる。あの子……栄養取ってかなりパワーアップしたみたいだから」
「東京に落としたくないのは同感だね、短期的には膨大な死者が望めるが……今の日本を災害モードにしたくない」
「災害モード?」
「日本人は未曾有の危機に直面した際、世界のどの国よりも結束力が高くなる。君も勉強しただろう? 日本は……戦争で与えられた焼け野原から世界最大の都市を築き上げた。現在の国力をもってすれば、東京も2年で復興してしまうだろう」
それは中国にとって利益が薄い。
国会議事堂に落としたところで、失った政府の頭がすぐ見つかるのも厄介なポイントだった。
遷都先も横浜、仙台、札幌、大阪、京都と非常に多い。
都市に落とすのはコスパが悪かった。
「じゃあどこにするの?」
「そうだなぁ……」
今回の共謀にはロシアと北朝鮮も混じっているが、彼らは中国の属国に過ぎない。
爆弾の使用権は、陳が持っていた。
「うん、ちょうど都市から離れていて……我が中国にとって奪還しなければならない土地がある。軍事基地も多いし、そこへ落とそう」
「決まりね、じゃあそろそろ行こうかしら……ここもいずれ戦場になる」
魔法陣が足元に浮かんだと思いきや、2人は一瞬で消えてしまった。
ソウルに次ぐ第2の召喚場所––––
そこで、今日起きた悲劇が再現されようとしていた。
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