第144話・ソウル事変
その日の夕方、極東アジアで信じられないような事件が起きた。
「これは訓練ではありません、繰り返します! これは訓練ではありません! 市内全地区の市民はただちに防空壕へ避難してください!!」
––––大韓民国、首都ソウル。
日本や中国には及ばないものの……世界的に優れた経済、軍事大国であるこの国は今––––朝鮮戦争以来となる危機に直面していた。
「警察の誘導だけでは間に合わない!! ソウルの人口が一体いくらだと思ってるんだ!!」
「38度線の部隊は何をしていた! こんなの報告に聞いてないぞ!!」
「今はそんなこと言っている場合じゃない!! 避難の渋滞で陸軍がつっかえてるんだ! 無理矢理にでも開けさせろ!!」
街を流れる河川の南方、堂山洞の大通りはパニック状態になっていた。
大量の車が吹き飛ばされ、火災が建物を包んでいく。
逃げ惑う市民を追いかけるのは、高層マンションほどはあろう“ドラゴン”だった。
「逃げろ!!」
「北朝鮮の新兵器か!? とにかく防空壕へ!!」
ドラゴンは8つの手足で歩行しており、ビルを砕きながら市街地を蹂躙していた。
ほんの少し前まで、ソウル市はいつも通りの日常を送っていたのだ。
それがいきなり……空が“濃い蒼色”へ変色したかと思うと、このドラゴンが降り立った。
防空レーダーにすら事前に引っかかっておらず、故に韓国空軍も出動できていない。
よって––––現在は近隣の基地から陸軍の攻撃ヘリと、主力戦車部隊がスクランブルしていた。
対北朝鮮用の、即応部隊だ。
「ガアァァアアアアアアアアアッ!!!!」
ドラゴンが吐く青色の焔は、中央通りを一息で飲み込んだ。
逃げ惑う民衆を区別なく、道路ごと一気に焼き払う。
波のように押し寄せるそれが、何もかもを消し飛ばす。
「これ、現実だよな……?」
逃げ遅れた市民たちが虐殺されていく様を、ビルに取り残された民間人たちが見下ろしていた。
みな呆然としているが、現代人の性かスマホで動画を撮影する。
中にはライブ配信をする大馬鹿すらいたが、逃げ遅れた彼らにも死は等しく訪れた。
「おい、アイツの尻尾が上に上がって––––」
数十メートルにも達する長さの尻尾が、近隣のビルを叩き潰した。
コンクリートが粉砕され、悲鳴は瓦礫と煙の中に一瞬で消える。
避難誘導していた警察官が拳銃を発砲するが、まるでダメージを与えられない。
ソウルの人口密度は東京に劣るが、それでもかなりのもの。
ドラゴンの進撃スピードが時速50キロを超えることからも、被害は際限なく膨らんでいく。
彼の者が出現して40分以上が経った頃、ようやくヘリコプターのローター音が街に響いた。
「こちらハンターキラー01、目標確認! 市内は火の海です……!!」
初動対応で出動した韓国陸軍航空隊、AH-1Sコブラ8機が現場に到着する。
また、ちょうど郊外で訓練をしていた陸軍第3軍団所属の、最新鋭主力戦車K2も現着。
ようやく迎撃態勢が敷かれた。
『コントロールからハンターキラー部隊へ、未確認生物を河まで押し込め! まずは民間人から引き離す!』
「了解! 武器使用は?」
『河に落とすまでは機関砲のみ許可する、誤射は許されない』
ビルを盾に回り込んだコブラが、マニュアル照準でドラゴンを捉えた。
「発射!!」
距離1キロで20ミリガトリング砲を発砲。
効果はあるようで、目論見通り北へ後退していく。
それでも数十メートルの巨躯は、20ミリをもってしても致命打足り得ない。
やはり––––
「戦車の射撃が必要だな、K2の120ミリ砲なら殺せるはずだ……!」
ヘリ部隊は横隊を組み、一斉射撃でドラゴンを追い詰めて行った。
やがて仰け反った先で––––とうとう河に転落する。
「ハンターキラーより地上部隊へ! 目標を追い落とした! 市民の仇だ––––韓国軍の力を見せてやれ!!」
河川沿いへ先回りしていた韓国国産の最新戦車K2が、4両……主砲照準をドラゴンへ合わせた。
「撃てッ!!」
凄まじい爆音と共に、K2はヒュンダイ製120ミリ滑腔砲から対戦車榴弾を発射。
直撃したドラゴンの肉が弾け飛び、血飛沫を上げた。
「効いてるぞ!!」
「もっとだ! 撃ちまくれッ!!」
市民を虐殺された怒りを胸に、兵士たちはあらん限りの全力射撃を行った。
それが効いたのか、各部位を欠損させたドラゴンが……とうとう水面へ倒れ込む。
「こちらハンターキラー01、目標沈黙。おそらく……死亡した模様」
呆気ない最期。
結局正体はわからなかったが、無事討伐できたことにとりあえず全員が安堵した。
もしこれが北朝鮮の秘密兵器なら、即座に報復攻撃が行われるだろう。
だが、もしこれが……北朝鮮じゃなかったら。
「ん?」
ヘリの光学カメラで観察していた兵士が、声を上げる。
「目標に変化。死骸が急速に圧縮されています」
動かなくなったドラゴンの体が、空気を抜いた風船のように萎んでいっていた。
数十メートルあった巨体は、やがて3メートルにまで縮まり……。
「なんだ……、アレは……!」
韓国軍兵士たちは、全くもって信じられないものを目にする。
敢えてもう1つ言うならば……、この光景をカメラで撮ろうと、本来避難しなければならない野次馬たちが集まってしまっていた。
これが10分後に起こる––––韓国建国以来、史上最悪の事件の一因となった。
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