第139話・休日出勤は辛いです
第3エリア進撃前に、少数部隊による威力偵察が行われることとなった。
誰を地上部隊として行かせるか議論はあったが、それもすぐに決着がつく。
「せっかくの機会だ、彼らにやってもらおうじゃないか」
白羽の矢が立ったのは、陸上自衛隊 第1特務小隊。
日曜日にあたるその日に、4人は急遽––––雪の降りしきる第3エリアへ派遣された。
「さいっっ…………あく」
でこぼこ道を走る96式WAPCの車内兵員室で、久里浜が思いっきりへこんでいた。
それもそうだろう……。
本来なら、彼女は今日外出の予定だった。
今頃は坂本と楽しくサバイバルゲームを横浜でしている予定だったのに、休日返上で雪山に出動していた。
「わ、悪い久里浜……。俺が上に強く言えなくて……」
「いえ、新海隊長は悪くありません……そういう仕事なのは理解してますから。えぇ文句ないです、頑張って働きます」
そう言う久里浜だが、明らかに落ち込んでいた。
どうにかできないものかと思った透へ、彼女の隣に座る四条がアイコタクトをした。
任せろという意味だった。
「千華ちゃん千華ちゃん!」
「はい?」
小声で肩を叩かれ、重たい顔を上げる久里浜。
よからぬ笑みで、四条が呟く。
「さっき聞いたんですけどね……坂本3曹がこの偵察終わったら、千華ちゃんと“買い物”に行きたいそうですよ?」
「ッ!!」
「はっ?」
同時に反応する2人。
呆然とする坂本と対照的に、久里浜は赤面していた。
「か、買い物って……?」
「千華ちゃんのエアガンを借りるだけじゃ申し訳ないからって、ちゃんとサバイバルゲーム用の銃を自分で選びたいそうです」
バッと振り向く久里浜。
「いや僕は……」と言おうとした坂本へ、透が背中を小突いた。
否応にも察した彼は、逃げられないなと観念する。
「まっ、まぁ……本当だよ。お前から借りて、もし壊したんじゃ悪いからさ……。自分用のちゃんとした銃くらい持ってても良いかなって」
さっきまで通夜の様相だった久里浜の顔が、一気に血色を取り戻す。
グンと前のめりになり、狭いWAPC内で坂本に迫り寄った。
「じゃ、じゃあ一緒に選びに行きましょ……! 町田や秋葉原にお店知ってるから!」
「ちょっ、近い……。距離距離」
彼女の小さな肩を掴み、慌てて元の席へ戻させる。
近づかれた拍子で、久里浜の甘い花のような香りが直撃してしまい、坂本の情緒が乱された。
っというか、女子陣2人がさっきからすごく良い匂いなので、童貞の坂本にとっては車内が毒に等しい。
「……っ、今度こそ次の休日に付き合ってやるからさ。とりあえず、今は仕事だけこなさない?」
「了解!!」
ビッと元気に敬礼する久里浜。
狭い車内なので、角度のある海軍式敬礼だった。
軽いため息をつく坂本へ、透が優しく肩を叩く。
「サンキューな」
「別に……、隊長の面子潰したくなかっただけなんで」
久里浜に聞こえない音量で声を交わした。
我ながら個性的な部下たちを持ったものだと思う一方、透は先週四条に言われた言葉を思い出す。
『透さん、––––貴方がわたしの“特別”だからです』
「っ…………」
試合に勝利した透は、どういう意味で特別なのか聞く権利を得た。
しかし、なぜか未だに四条は教えてくれない……。
いざ聞こうにも、どこか気まずくてなかなか言い出せなかった。
これはあれだろうか、女子特有の“察してくれ”ムーヴだろうかと思案。
96式の激しい揺れの中で、ジワリと汗をかく透。
「隊長、具合悪いんですか?」
「いや、大丈夫……ちょっと考え事しててな」
「奇遇ですね、ちょうど僕も考え事してたんですよ」
「何を?」
もしかしたら、有益な情報をくれるかもしれない……!
そして、坂本は爽やかな笑顔で答える。
「普通のコーラと、ゼロカロリーコーラ。結局どっちが体に良いのかなーって」
「…………」
ケタケタと笑う彼を1回肘でどつき、変な期待をした自分が悪かったのだと呪う。
ちょうどそこで、車内無線が鳴った。
『目標地点まであと5分、降車用意』
運転手の無骨な声に合わせて、全員が一斉に最終準備を開始した。
ここの切り替えの速さは、さすがに自衛官だった。
「新海隊長ー、今回の偵察って具体的にどうするんですか?」
HK416A5をコッキングした久里浜が、改めて確認した。
「この近くに熱源反応があったのをUAVが見つけてるんだ、火を使うってことはそれなりに発達した敵かもしれん。多分キャンプ跡だと思うから、それの調査だな」
「第3エリアのボス区画はまだ見つかってないんですよね?」
「ここはわかってるだけで、四方に40キロ以上伸びてるちょっとした雪山エリアだからな。偵察も全然進んでな––––」
説明途中だった透の声を遮る形で、車内無線が響いた。
『敵襲! 敵襲ッ!! 10時および2時の方向! 待ち伏せだ!!』
次の瞬間、外の装甲板がバチバチと激しい音を立てた。
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