第137話・三国同盟
「やぁ属国諸君、血色が良いのは景気が良い証。さぞくだらない妄想を楽しんでいたんだろうね」
現れた白装束の男、陳大佐は––––年齢にして30と言ったところ。
あまりに横暴過ぎる言葉に、ロシア対外保安庁 特殊部隊所属のセルゲイ少佐は、鋭い殺意を向けた。
「こいつぁ驚いた……、中華思想なんて噂程度にしか思ってなかったが。本当に染まり切ったヤツがいるとはな」
今にも斬り掛かりそうなセルゲイ少佐に、陳大佐は「ハッハッハ」と快活に笑った。
「勘違いをしちゃいけない、中国こそ“世界の中心”だよセルゲイ。君の理想は聞いてた限りとても立派だけど……」
挑発で返したセルゲイへ、陳大佐はかなりモテるであろう顔で笑った。
「ロシアが世界中で人気とか、無理じゃないかな〜。横の北朝鮮人の方がまだ現実見えてるよ」
「全世界で嫌がらせ、借金の押し付け、債務の罠……こんだけ好き勝手やってる国には言われたくないな。中国こそ世界の嫌われ者だ、資本主義に屈した豚め」
彼の足元から上を舐めるように見て、大佐はニヤつく。
「全身中国製か……我々へのリスペクトがあって大変よろしい、君は豚以下の犬。けど従順な犬は嫌いじゃないよ。とりあえずエサでも買ってあげようか?」
屋台を指指す陳に、セルゲイはとうとうポーチへ手を伸ばした。
指先が中に入っていた小型消音拳銃へ触れる。
スペツナズの精鋭たる彼が本気を出せば、この時点で完全に間合い––––
李大尉が止めようとしたところで、漆黒の殺意が吹き荒れた。
「––––やめとけよ」
「「ッ!!!」」
銃を抜こうとしたセルゲイの脳に、映像が過ぎった。
それは、眼前の中国人になんの抵抗もできず斬り殺されるというもの。
思わず首を触るが、当然無傷……。
「ふむ、察しの良さは及第点かな……良かったよ。殺さずに済んで」
凍りつくセルゲイと李。
今確かに、首を落とされた感触があった……まさか、この男。
「ビックリだな……、殺意だけで殺されたと錯覚したのは、この仕事に就いて初めてだ……」
李大尉が汗を流す。
それに合わせて、セルゲイも拳銃から手を離した。
「国家安全部にいると言われる悪魔、中国最強の工作官……まさかアンタがそうなのか?」
「そう呼ばれてるのも否定はしない、じゃあここらで喧嘩はやめよっか。“同志”たち」
鞄を持った陳は、中からタブレット端末を取り出す。
映っていたのは、ついさっきまで行われていた透と四条のタイマン勝負。
「我々の目的は“ダンジョンの奪取”へと切り替わった、その時に最大の障害となる連中が……こいつらだよ」
一方のセルゲイも、ビッシリ書き込まれたメモ用紙を広げる。
そこには、人物の名前や特徴が所狭しと書かれていた。
「陸上自衛隊、特別配信チーム……名を第1特務小隊だな? 今や日本の英雄となった、広報にしてはやたらと強い連中」
「そうそう、驚いたよねー。さっきの配信だって普通の自衛官とは思えないくらい動きが良かった。アレが一般部隊だって言うんだから……自衛隊の練度は侮れないよ」
微笑む陳の顔に、慢心はどこにも無い。
これまでのスパイ連中なら、しかし我々の方が––––と言って下に見るパターン。
だが、恐ろしいことに……彼は自衛隊の強さをかなり正確に把握していた。
「防衛に特化したドクトリン、世界でも5本指に入る装備品、それを支える有能な兵站管理者、君らは2011年の東日本大震災を覚えているかな?」
「もちろんだ」
李大尉が頷く。
「当時の無能な政権と対照的に、自衛隊の対応は目を見張る物があった……皮肉にも、10万人もの人間と40隻を超える戦闘艦艇。それらを円滑に動かす能力があることを、我らはあの震災で知ることができた」
「それを言うなら、ロシアは20万人以上をウクライナで同時に動かしたぞ?」
セルゲイの反論に、「たはーっ!」と陳は爆笑した。
「アレがドクトリンや規範通りに動いたと本気で思ってるのかい? アメリカの電撃戦を真似して失敗した、現代最悪の軍事行動と自衛隊を一緒にするなよ。忘れたか? 兵站が追いつかず……キーウに繋がる1本道で無様に60キロ渋滞したあの姿を」
「ッ……!」
「もしウクライナがF-35……、いや。F-16Vくらいさえ持っていたら、ロシア軍はあの時早々に全滅していただろう」
辛辣な評価。
されど決して間違っていない。
政治的判断で20万人を無理矢理動かしたウクライナ戦争初頭と、軍事的合理性で10万人を展開した自衛隊では天と地の差がある。
「自衛隊は破損したインフラ、空港や港が使用できないという最悪の状況下であの物量を動かしたんだ。信じられない神業だよ」
黙って聞いていた李大尉が、質問した。
「陳大佐、アンタはやたら自衛隊を褒めているが……敵であることを忘れちゃいないよな?」
「もちろん、でもこういう言葉があるだろう?」
タブレットの画面を切り替えた陳が、糸目を開く。
「“敵を倒すには、敵を知れ”ってね」
映っていたのは、中国の国家元首と握手する––––“金髪の少女“。
次いで放たれた言葉は、セルゲイ少佐と李大尉に、人生最大の衝撃を与えた。
「我々はダンジョン内の勢力とコンタクトを取ることに成功した、彼女は自分を執行者と呼んでいたが……まぁそれはどうでも良い。肝心なのは––––」
陳大佐の顔が黒く染まる。
「そのダンジョン勢力と我々中国は、”自衛隊の壊滅“という利害で先日一致したところさ」
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