霊感のある少女
私は幼いころから霊感があった。
私が常に見ていたのは、薄汚い恰好をしたぼさぼさの顔、汚い姿をした男性と思しき霊だった。
その幽霊はふと気づくと私の近くにいた。
電柱の陰だったり、家の窓の向こう側から私の方をひたすらじっと眺めているのだ。
昔の私は幽霊だとか超常的なものが一切わからなくて、その幽霊を見かけるたびに父親や母親の方に駆けて行った。
そして服の裾を掴んでぐいぐい引っ張りながら、血気盛んにそのおじさんの幽霊を見せようとしていたのだ。
しかし幼児の要領を得ない説明に首を傾げながら、とりあえずついてきてくれた両親をそのおじさんの幽霊を見つけた場所まで引き連れていく頃には、おじさんの幽霊は跡形もなくいなくなっていたのだ。
両親はただ優しく微笑んで、「きっと影か何かを見間違えたのだろう」と私を諭してくれた。
しかし私の目の前には、定期的におじさんの幽霊が現れる。
私はそのたびにおじさんの幽霊の存在を知らせたくて、両親をその場所に連れて行った。
暫くは「ああ例の見間違いか」と付き合ってくれていた両親だったが、あまりに何回も私が呼ぶのでさすがにおかしいと思ったのだろう。
私は両親によって病院に連れて行かれ、一通りの検査を受けた。
その結果は勿論、問題なし。何一つ異常のない素晴らしい体だった。
しかし私の目にはおじさんの幽霊が映り続ける。さらに、検査した日を皮切りに私の家では色々な怪奇現象が起きるようになった。
ラップ音、ポルターガイスト、謎の視線を感じる……その他諸々。
さすがにそれに恐怖を覚えた私は両親に縋りつこうとして……ふと思いとどまった。
病院に連れて行かれた日以降、両親は私が「おじさんの幽霊」だったり怪現象のことを栗にするのを嫌がるようになっていた。
正確には、言葉にすることこそないものの、私が逸れに関する言葉を放った瞬間に、露骨に顔をしかめるのだ。
そして私に聞こえないようにひそひそと話し合った後、精神科の電話番号を打ち込んで電話をかけ、カレンダーの約一週間後の日付に丸をつけるのだ。
そして私は、その丸が付いた日が来ると精神科に連れて行かれ、色々と面倒臭い質問を一身に浴びることになる。
それはお世辞にも、楽しいとは言えない時間だ。可能な限り避けたかった。
なので私は、両親に頼るのを諦めて、自分で調べてみることにした。
物事を調べる時に一番便利なものは何か。幼い私はそれを一つしか知らなかった。それは本だ。先人の知恵の集合体。
私は本を読み漁った。ひたすらに読みまくった。家の中の本を読み切った後は友人から借り、それでも足りなかった私は図書館に行きついた。
この怪現象を切り抜けるための知識に飢えている私にとっては、ここはまさに理想郷。
私は時間の許す限り図書館に入り浸った。
その結果、私が得た結論は「私に霊感がある」と言うものだった。
怪奇現象、私にしか見えないおじさんの霊。それらすべてが、この情報で説明がついた。
私は叔父さんの幽霊も怪奇現象も気にしなくなった。霊感があるのならばそれが当然のものだと思ったからだ。
だから私はポルターガイストやラップ音、おじさんの霊を見ても親に相談しなくなった。
それを受けて、両親は私が精神的に安定したと思うようになった。
私の「おじさんの霊を見た」「変な音がする」という訴えを、両親は霊感によるものではなく、不安定な子供の時期特有の世迷言だと思っていたらしい。
私が変な言動をしなくなって安心した両親は、あれやこれやと私に知識を詰め込んだ。
自分達の娘が精神的な疾患を有していないのなら、良い大学に入れて良い学籍を作り、順風満帆な人生を与えようと躍起になったのだ。
恐らく、あわよくば自分の将来を保証させたかったのだろう。
そんな両親の願いを一身に受けた私は、両親の望むままに、親にとって理想の学歴で進学した。
進学すれば勿論、交友関係も増えるし世界も広がる。
そしてその交友関係の拡張と世界の広がりは、私にとってとても嬉しい出来事をもたらしてくれた。
私にとって新しくできた友達の中に、「霊感のある子」がいたのだ。
その子は都心から越してきたばかりだったのだが、私と出かける先々で、「此処は嫌な感じがする」「あそこを通りたくない」と度々いう事があった。
そして恐るべきことに、その場所は事故や事件が起きた場所だったのだ。彼女の霊感は本物だった。
私はようやくできた同族に歓喜し、霊感があることで困ることをたがいに共感しながら話し続けた。
理解してもらえない事、狂人扱いされること、寝づらい事、行動範囲がちょっと抑制されること。
朗らかに笑いながらそう話しているとき、私はふと理解してもらえなかったときの話として「おじさんの霊の話」を持ち出した。
彼女は途中までうんうんと楽しそうに聞いていたが、話を進めていくと段々と彼女の顔から表情が消えていく。
どうしたんだろうと思いながら語り口を止めなかった私の手をひしと掴んで、彼女は恐る恐るこう聞いてきた。
「そのおじさんの霊って、この街で出るの?」
私は彼女のその質問に、一つ頷くことで答えた。
すると彼女は慌てた様子で鞄から地図を取り出し、ペンを無理矢理私に握らせながらこう言った。
「おじさんの霊を見た場所、全部丸して」
よく分からなかったが、私は言われるままにおじさんを見た場所に赤ペンで丸を付けていく。
すると彼女の顔からみるみる色が抜けていく。顔色が悪くなるとよく言うが、こんな感じなのかとどこか他人事のように思った。
私が全て丸を付け終わって、カランとペンを置いたところで、彼女は小刻みに震え始めたのだ。
「どうしたの?」
「わたし、私ね。この地図の場所、暗記するくらいたくさん歩いたの。霊感あると、どうしても通れない道とかあるから、マッピングが大事だから」
「うん」
「それでね、私この街に居る幽霊全員覚えてるの。どこに出るのか、とかも全部」
「……うん?」
「あのね、この街におじさんの霊っていないのよ」
その瞬間、私の顔から一気に血の気が引いた。
私はその場から勢いよく立ち上がり、私の名前を叫ぶ彼女を完全に無視して自分の家へを走っていった。
慌てて帰宅した私は、痛む足を気にせずずかずかと自室に歩いて行く。
そして自室に入ってから、私は昨日から配置が変わっているものを確認した。
ゴミ箱、枕、ぬいぐるみ、その他諸々。いつものポルターガイストと同じ現象だった。
そしてそこかしこから聞こえてくるラップ音、それをよくよく聞いていると、機械の駆動音に聞こえてくる。
私が一人唖然としていると、背中に突き刺さるような視線を感じた。
慌てて振り返り、背部にあった窓に速攻で近づいた。
そして勢いよくカーテンを引き開けると、いつの間にかこちらを見ていたらしいおじさんの幽霊が下に向かって消えた。
それを追うようにして視線を下げると、窓付近の突起にべったりと付いた、茶色い、足の形の汚れが目に映った。
私に霊感など無かった。