表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

第九講:単位元指数、逆元指数

「あの後一時間もいたのかよ。お前、本気で配属目指してるとか?」

「まあ……割とありだとは、思ってる」

「別に胡散臭いとかけなすわけじゃねえけどさ……」


 並行世界という概念自体は、これまで数多くの人が考えてきたことだろう。SF小説家は多かれ少なかれ考えたことがあって、何かしらの持論があると俺は思っている。だが大真面目に理論を打ち立てて、体系化して、後継者を今か今かと待っている人がいるとは思わなかった。まだまだ世間での認知度は低い、と教授本人も言っていたが、夢を追いかけるとはまさにこのことなのではないか。


「胡散臭い、という評価で大いに結構。少なくとも、現時点ではそう考えても仕方ないだろう」

「えっ」


 講義室に向かって歩きながら話していたのだが、いつの間にか背後に教授がいた。不敵な笑みを浮かべ、そのまま俺たちを追い抜いて先に講義室に入ってゆく。


「先週はすまなかった。あれは失態だったな……老体に鞭打って動いているとはいえ、それを理由にしてはならない。特に、未来の技術を追い続ける者ならばなおさらだな」

「気にしなくていいすよ。俺らも好きでこの講義受けてるんで」

「おや? 単位が危ないという動機が、いつの間にかすり替わっているな」

「ま、それもありますけど……なんだかんだ言って」

「単位を出す、とは私は一言も言っていないぞ? それが評定の中心となるような試験はしない、とは言ったかもしれんがな。まあ、最後の実習で実のある報告さえしてくれれば、単位は保証するよ」

「俺ら今んとこ座学受けてるだけスけど、それで実のあるレポートって書けるんスかね」

「心配は要らない。君たちには見たままのことを書いてもらえればいい。私ほど多くの世界を見てしまうと、当たり前に感じてかえって着目しないようなところも多く出てくるからな。観察日記くらいの気分で、新しい世界を感じてほしい」


 いつものようにペンを片手に、教授がキーワードをホワイトボードに書き出す。「単位元指数」「逆元指数」だ。


「さて、いよいよ座学も最終盤だ。早速だが、この用語二つ、覚えているだろうか?」

「あー」

「覚えていなさそうな返事だな」

「一応説明してもらえますか」

「並行世界を不完全ながら、群としてみなす話はしたな。しかし大多数の世界は結合法則を満たさないから、厳密には群ではない。前回までは分類を細かくしてゆく中で、例外ばかりを取り上げてきた。ようやくそれが終わり、では大多数の世界を区別するのに何を使えばいいか、という話になったんだ」


 教授が続けて、「単位元指数」の下に「Iu: 0<Iu<1」、「逆元指数」の下に「Ii: 0<Ii<1」と書いた。


「定義の話からしておこう。単位元指数はIndex of Unit element、逆元指数はIndex of Inverse element。値の範囲からも分かるように、定量的なものではなく、ざっくりとその世界に漂う濃度だと考えてほしい。簡単におさらいしておくと、単位元は『世界進行に影響を与えない、結果的には無意味な事象』。逆元は『並行世界が再び融合しない程度に分岐した場合に、分岐しなかった場合と同様の世界進行になるよう働きかける事象』だ。これがどの程度の濃度で存在するか、ということを考えると、大きく四つのパターンに分けられる」


 すなわち、Iuが大きい時と小さい時、Iiが大きい時と小さい時、掛け合わせて四通りだ。教授は簡単な表を作り、それぞれの枠に番号を振った。


「順番に考えていこう。Iuが小さく、Iiも小さい時。つまり単位元も逆元も少ない場合だ。世界進行には影響しないものの、提示される選択肢がそれほどない、あるいは少ない。そして、一度大きな分岐をしてしまったら、軌道修正されるような選択肢が出ることも少ない。この場合、どのような世界であると想像できるだろうか?」


 前に少し教授が話をしていたような気もするが、いまいち頭の中でつながらなかったので黙る。答えは教授がすぐに言ってくれた。


「さすがに難しいだろうな。私もいくつもの並行世界を巡った結果、経験則的に理解したことでもある。正解を言おう。この場合、貧しく治安の悪い世界であることが多い。ちなみに、特定の国の治安の話ではなく、あくまで全世界で平均した場合を言う。より具体的には、不完全な社会主義的世界。全世界的にスラム街の様相を呈していることが多い」


 その説明でも難しく感じて、俺たちは首をかしげる。自覚はあったのか、それとも元から説明を続ける気だったのか、教授は再び口を開いた。


「それぞれのパラメーターをもっと平たく言うと、Iuは世界の豊かさを示す。値が大きいほど豊かになる。金銭的な豊かさだけではなく、社会的、歴史的など、様々な観点での豊かさが対象になる。一見無意味に思える事象でも、それが世界にとっての財産になっている、というわけだ。君たちが朝食にパンを食べるにしても、パンしか食べるものがないのと、米、パン、麺類と選択肢がある中でパンを選ぶのとでは、豊かさは異なると思わないか?」

「はあ……」

「無論、並行世界論を少しでも体系化するために私が提唱した概念だし、それを平たく言っているわけだから、例外があることは承知してほしいがな」

「そうなると、逆元指数Iiの方は、治安の良し悪しを表すってことですか」

「その通りだ。逆元が多く存在すると、極端な話、世界の滅亡に進むような道を選んでも、取り返しがつきやすい。もっとミクロに考えても、戦争や飢餓などの重大な分岐に対して、帳消しにできる選択肢があるというのは、それだけで治安が良くなる要因になる。今はそれくらいにざっくりと考えておこう。ここまで来ると、やはり実際にその目で見る方がよく理解できるのかもしれないな」


 次に二つ目。Iuが小さく、Iiは大きい場合。


「これはどうだろう? ざっくりと捉えれば、豊かさはあまりないが、治安はいい」

「資本主義は貧富の格差が出やすいってことを考えると、社会主義なのか?」

「そう。富が真に均等に分配されていて、富裕層というものが名実ともに存在しない。みな同じだけの財産を持っている。それが実現できるかどうか、存在するかどうかは置いておいて、理想的な社会民主主義的世界が該当する。この調子で残り二つも考えよう」


 三つ目。Iuが大きく、Iiが小さい場合。


「豊かだが、治安は悪い。直感に反しているようにも感じるが、君たちのよく知る言葉で置き換えることができる」

「ディストピア、とか?」

「正解だ。行き過ぎた資本主義的世界や、ディストピアに多い。こうなると、社会主義的世界は貧しく、資本主義的世界は豊かと言っているように聞こえるかもしれないが。決してそうではないとだけ言っておこう。資本主義だと富裕層が必ず浮かび上がってくるから、どうしても分かりやすさの面で勝ってしまう」

「それって、日本的なディストピアって理解でいいんスかね」

「そうだな。欧米的なディストピアは治安が悪く、豊かでもないことがしばしばだからな。性質の異なるものだと思ってくれて構わない」


 四つ目。Iuが大きく、Iiも大きい場合。


「豊かであり、治安もいい。私たちとしては理想郷であり、憧れの対象だろうな」

「ってことは、なかなかあり得ないとか?」

「そうだな……両方の値が著しく高い世界を、実は私はこれまで見たことがない。貧富の差が拡大するほど社会不安は大きくなり、それに伴って暴動の規模が大きくなってゆく。現行の人類には、実現不可能な世界なのかもしれない」


 箇条書きでそれぞれの特性をまとめたところで、ふう、と教授が一息ついた。


「これらを見て、果たしてどのような世界がいいと思うか、それは人によって異なるだろう。あまり深入りすると政治の話になるし、この講義は政治学ではないから、あくまで表面的なところをなぞるのにとどめておこう」

「はい」

「さて。直交座標、極座標、群であるかどうか、単位元指数と逆元指数。これらのパラメーターで、ほとんどの並行世界を区別することができる。あともう一つ、どうしても区別ができない並行世界どうしを見分けるためのパラメーターが存在する。が、それは次回の実践編初回で話そう」

「実践編?」

「座学らしい座学は、今回で終了だ。次回はこれまでの復習をしながら、私が値を設定し実際に別の並行世界へ行ってみよう。その目で見てみなければ分からないこともある。そろそろじっと講義室にいるのが退屈に思い始めた頃だろうしな」


 いよいよだ。どこがどれほど違うのかは分からないが、異世界というやつを俺たちは見ることができる。今週の講義はそこで終わったが、俺は帰りながらもしばらくまだ見ぬ景色にぼんやりと思いを馳せていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ