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第二講:並行世界の誕生・干渉

「……お、揃っているな。講義開始前にきちんと三人揃っているのは感心だ」


 先週のなんとも衝撃的な講義から、ちょうど一週間。怒涛のように訪れた他講義を乗り越えて、またこの時間がやってきた。今度の教授は先週と違い、スーツの上着の代わりに白衣を羽織っていた。ネクタイをしていることで凛々しさや清潔さはそのままに、動きやすそうだというイメージを持った。


「では、始めよう。早速だが、先週出した課題は考えてきてくれたか?」


 俺は手元に用意していたメモ書きに目線を落とす。先週の教授の行動が記されている。今週はどの講義も導入説明か、少し講義内容に入る程度だったので、課題らしい課題はほとんどなかった。月曜と水曜に実験もあるが、今週に関してはそれもイントロだけだった。だから割と真面目にこの課題に取り組むことができた。


「じゃあ、発表してもらおう。田宮君」

「あ、ハイ」


 考えれば考えるほどキリがないような課題だったが、ひとまず配られた紙の片面が埋まる程度には書き込んできていた。


「……朝起床した時間。研究室に到着した時間。安村教授と昼食をとった時間。先週、子の講義室に来た時間。これらが違えば、分岐すると思います」

「なるほど。私の行動時間に着目したというわけだ」

「ええ」


 メモとしてはもっと詳しく書いていたが、大まかに言えばそんなところだ。例えば朝8時に起きるか9時に起きるかで、一日の間に行動できる時間も変わってくるし、何をその日じゅうにこなし、何を翌日以降に回すかも変わってくるはずだ。


「他には?」

「……じゃあ」

「では瀬川君」

「執筆作業ではなく、他のことをすれば分岐する、とかスかね?」

「それもあるだろうな。例えば私が研究室に到着したはいいものの、何もせずぼうっとしていた、というのも分岐になり得る。他には? 来栖君」

「……そうですね。飯の内容、とか。何食べるかによって、変わってくるんじゃないですか」

「お、ご明察。そう、実は私が述べた行動、その一つ一つに全て分岐する可能性がある。そしてその全てに対して並行世界が誕生する。限界はない」


 つまりこの課題は、答えを挙げようと思えば限りがない。仮にレポートにしようが点数のつけようがない、というわけだ。

 続いて教授は、「並行世界の誕生」、と板書した。


「私の行動について考えただけでもこうなる。これが全人類に対して適用されるから、考え始めればキリがない。とにかくこうして、『もしかするとこうなるかもしれない』という可能性が生じた時、それが並行世界が誕生するタイミングだ。ひとまずは、並行世界というものは一つではなく、無数に存在しうるものとして、理解をしてもらおう」


 続いて「の誕生」の部分を消し、代わりに教授は「同士の干渉」と書いた。


「並行世界の話を考える際に頭の隅で思い浮かべてほしいのは、宇宙だ。例えば太陽系。惑星は水金地火木土天海、と内側から順に並んでいるが、自転公転といった動きはあれど、この内側外側の位置関係が入れ替わるようなことは、基本的には起こらない。それは、引力と斥力の絶妙なバランスがあるからだ。無論、非常に長期的な目で見れば、太陽の引力は徐々に増して、将来的には地球が太陽の方へ引き込まれてしまう、といった話は存在するが、何十万年という単位の話だ。少なくとも私たちや、私たちの数世代先の人間が、その危機を身をもって認識することはない。認識しようが対策は不可能に近いがな」

「……ええ」

「並行世界どうしの距離は、数万光年から数十万光年ある。それは太陽系の惑星と同じように、引力と斥力のバランスが取れるところに落ち着いた結果、それほどに離れた距離のところに別なる世界ができた、ということ。しかし物理的距離と異なり、精神的な距離は案外近かったりする。この精神的な距離がどういうものか、想像がつくか?」


 精神的な距離、と聞いてピンとは来ない。が、考えてみれば何となく分かる。


「『向こうの世界』にも、俺と同じような人間がいるかもしれない。そしてその人と俺とだったら、物理的には遠くとも、本質的には同一人物で、精神的につながることは可能。そういうことですか」

「おおよそ合っている。特にわずかな選択肢の違いで分岐したような世界だと、まずもう一人の自分が存在し、そのうえで考え方や精神構造がほとんど同じという可能性は非常に高い。基本的にはこの精神的距離の近さを利用して、並行世界へ移動することができる。ただし、だ。ここで問題が生じる」


 少し間をおいてから、教授が再び話を始めた。


「先ほど、ほんの小さな違いであっても世界が分岐し、並行世界が生まれると説明した。しかし並行世界はそれぞれが私たちの世界と同程度の質量を持っている。精神的な距離の近い世界がそれだけ集まれば、いかにそれぞれが数十万光年離れているといっても、宇宙全体にとっては大きな負担となる。私は宇宙それ自体に自我があるという仮説をもって話をしているが、その場合、並行世界どうしの区別がつかなくなる。私たちの脳内に存在しないはずの記憶が流れ込んできたり、意図せずに時間が少し飛んだり。人間は時々デジャヴというものを感じるが、あれも並行世界の理論で説明できるのではないかと考えている」


 確かに俺の行動一つ一つで分岐し、そのたびに俺と同じような人間が生まれているのだとすれば、パンクしても不思議ではない。何より、俺のように留年の危機に瀕している人間が何人もいてもらっては困る。


「しかしどういうわけか、そのあたりについても対策が取られている。つまり、わずかな違いにより分岐し、似たような道を歩んでいる世界どうしに関しては、どこかで同じ道を歩むようになり、世界が融合する」

「ということは、過去に分岐した世界も、そのほとんどは今存在しない、ということですか」

「そういうことだ。宇宙の自浄作用、とでも言うべきか。この点において、宇宙が自我を持っていてもおかしくないと言える」

「ただ……逆に言えば、分岐に分岐を重ねて、全く異なる世界になった場合は、残り続けるということですよね」

「その通りだ。前半の講義においては、そのような世界も扱う。しかし実際に訪れるとなると話は別だ。私たちの知る常識のほとんどが通じず、また紛争に巻き込まれる可能性もある。そのため、実習においては扱わない。せっかくこの講義を履修してくれたというのに、得られた結果が取り返しのつかない負傷となっては元も子もないからな」


 そこまで説明して、教授はホワイトボードの文字を全て消した。


「さて、今日はこのあたりにしよう。次回からは並行世界の概論から少し離れて、並行世界論に欠かせない各種理論の説明をする。次回は特殊相対性理論、その次は一般相対性理論についてだ。すでに物理学などで既習だろうが、時間に余裕があれば復習しておいてほしい」


 教授は何か質問は?と投げかけたのち、誰も挙手しないのを確認して、にこりと微笑んで講義室を去っていった。


「……そんな時間あるか? 俺たちに」


 瀬川のぼやきが、虚しく小さな講義室に響いた。

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