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第零講:シラバスはありません

 京町大学、理工学部技術工学科。


 日本トップの理系学部を擁する国立大学の、花形ともいえる学部だ。元より偏差値の高い大学だが、殊に理工学部技術工学科の場合は他学部、他学科と比較しても合格最低点が数十点高く、難関中の難関を潜り抜けてきた猛者が毎年集まる。


 と言えば聞こえはいいが、それは入学後の話をしなければ、である。一年生から二年生、二年生から三年生への進級要件として挙げられる単位数が少ないこと。出席点がない、すなわちテストさえできれば単位が出る講義が多いこと。そのテストも過去問を勉強していればだいたい合格点が取れてしまう講義ばかりであること。「単位が降ってくる」とも揶揄されるその緩さと、学生のいわゆる燃え尽き症候群によって、サボる者、消息を絶ってしまう者、留年する者ととにかくまともに四年で卒業できる学生が少ないというのが、半ば当たり前と化している。


「やばいよな、俺ら」

「やばい」

「何がやばいって、やばいことがあんまり身に染みて分かってないのが一番やばい」


 俺こと田宮(たみや)と、友人の瀬川(せがわ)来栖(くるす)。みんな理工学部技術工学科に晴れて入学した、エリートとなるはずだった学生だ。しかしご多分に漏れず、そして中高と散々クソ真面目に勉強ばかりしてきた反動で、大学入学後はサボり倒すようになってしまった。その結果、圧倒的に単位数が足りず、時間割の隙間にいろんな講義をねじ込み、夏休みによく分からないワークショップか何かに参加することでもらえる単位も全部勘定に入れて、ようやく卒業要件に足りるかどうかというところまで追い詰められたことに、三年生に上がって気づいた。いくら三人とも下宿組で、サボり倒しても親には適当にごまかしてきてそれがまかり通っていたとはいえ、さすがに留年はバレる。焦った俺たちは単位数を計算したのだが、何回やっても二単位足りない。それも専門科目が。どうやら選択科目や他学科の講義を履修する必要があるらしいということに、瀬川が気づいた。ここまでを留年する前に気づけたあたり、少しは真面目と評価されてもいいのかもしれない。驕りすぎだろうか。


「なあ、これ」

「『特殊並行世界論』……」


 学生便覧を引っ張り出して、何とか楽そうな他学科の講義はないかと探していたところ、来栖が何やらそれっぽいものを探し当てた。技術工学科の選択科目だが、聞き慣れない講義名だった。


「シラバスないぞ」

「シラバスがないって、そんなことあるのか」

「ないんだから仕方ないだろ」


 よく分からない――より明け透けに言うなら、レポートや試験の比率が知りたければ、シラバスを見るのが一番手っ取り早いのだが、この講義に関しては見当たらなかった。俺たちの間に一気に緊張が走る。どうもこれしか取るものがなさそう、しかし実態が分からない。そういう時はだいたい極端に楽な講義か、鬼のようにムズい講義かのどちらかだ。


「……取るか?」

「取らなかったら留年だろ」

「他学科のつっても、無理ゲーっぽいしなあ」


 もうやばい講義でも、落としてから考えるしかない。三人で意見を一致させて、履修登録をした。

 そんな話し合いをした二日後。早速一回目の講義がやってきた。金曜の4限。絶妙に帰りたいし嫌な時間だ。だが聞き慣れず、変な名前であるがゆえに、どこか一回目は真面目に聞いてみようという気持ちがあった。


「……三人だけか?」

「っぽいな……」

「大丈夫かこれ? 落単ばっかとか」

「「「……」」」


 やはり金曜の夕方ということもあって、学生は来たがらないのだろう。始業時間になっても、集まった学生は俺たち三人だけだった。初回が一番学生が集まるはずなのにこうなるということは、そもそも履修者が俺たちだけなのだろう。そこそこ不穏な空気が俺たちの間で流れたところで、高校生くらいの背丈の女の子が一人入ってきた。と思ったら、その子はそのまま教壇に立った。


「三人か。まあ、そうなるだろうな。逆に三人も集まってくれるとは、相当な物好きと見た」

「「「……」」」

「む、何とも言えない顔だな。さては……単位が危なくて、やむなくこの講義を選んだというところか?」


 うなずくしかなかった。注意されそうな雰囲気になったので警戒したが、講義室に響いたのはけらけらとした明るい笑い声だった。


「うん、正直で面白い。大学生にとっては、標準年限で卒業できるかどうかというのも大事な話だからな。そして安心してくれ。この講義で不合格とすることはない。ただし、最後の実習に真摯に取り組んでくれれば、の話だが」

「実習?」

「そうだ。……ああ、そう。そのように講義中は積極的に発言してくれ。履修者が僅少なのはあらかじめ予想していたことだが、一方的な講義ほど退屈なものはないからな。せっかく履修者がたった三人なんだ、存分に騒いでくれ」


 背格好の割に、妙に大人びている。教壇に立った彼女に対する第一印象は、そんな感じだった。そしてすぐに自己紹介が始まる。


「改めて、ようこそ私の講義へ。私は庵郷凛紗(あんごう・りさ)。29歳、職位は教授だ」

「教授……?」

「驚くのも無理はない。詳しくは講義の中で話していく予定だが、私は通常の大学教員が経るような、助教と准教授という職位を経験していない。元より研究員としてこの大学で活動はしていたが、この春より教授として、学生を指導する立場となったということだ」

「日本の大学でも、そんな飛び級みたいなことあるんすね」

「ああ、私も驚きだ。てっきり日本の大学はもっと脳味噌が凝り固まっていると思っていたからな。学長の彼には感謝せねばならない」


 教授はホワイトボードにまず、「並行世界」と大きく書いた。


「では、早速始めよう。最初に聞きたい。並行世界、という言葉、聞いたことはあるだろうか? あるいは、どのようなイメージを抱いているか? ぜひ、教えてほしい」

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