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この世界に二人きりでいたかった

 逃げ続けた人生だった。

 心の底で燻ぶる気持ちに追い抜かれ、身体だけ置き去りにされてしまわないよう、ひたすらに逃げてきた。


 恋心を自覚したのがいつだったか、今となっては覚えていない。

 周りの子どもたちとは違う大人ゆえの落ち着きとか。その割に小柄で可愛らしいところとか。家族と喧嘩して家出するとなぜかいつも最初に見つけてくれるとか。不器用なのに刺繍だけはやたら上手かったりとか。意外と家の中ではだらしなかったりとか。それが原因で何度も失恋したりとか。腫れた目をこすりながらわざとらしい欠伸をしたりとか。

 きっと恋心という花は、そんな些細な想い出の花びらでできている。


 ドライアドは宿木に子供を願う。

 どちらかの宿木の前で、身体を重ね、心を合わせ、熱も思いも魂もひとつに混ざり合ったその時、宿木はその枝に新たな生命を実らせる。

 そこには性別も年齢も、なんならきっと種族だって関係ない。

 惹かれ導きあう二つの魂があれば、宿木は子をもたらす。


 だからこれは私が臆病だったという、それだけの話だ。

 今の関係性が壊れることを恐れ、居心地のいい庭でずっと足踏みをしていた。

 想い人がゾンビに噛まれ取り返しのつかない状態になってから、ようやく走り出した。

 周回遅れなんてものじゃない。幸い私の想い人は恋愛下手で、ことあるごとにふりだしに舞い戻ってきたからいいものの、普通ならとっくにゲームセットだ。


 エコ姉を治癒院から連れ出したのは、完全に自分のためだった。

 誰が何と言おうと、好きな人の最期の時間を自分のものにしたかった。

 たとえみんなが呆れても、エコ姉が嫌がっても、残りの二日間を独占したいという渇望。

 身体が灼けてもいい、痛みで裂けてもいい、最期の瞬間に後悔したとしてもかまわない。

 この世界に二人きりでいたかった。


「私のことがす、好きだなんて、そんな、そんなことある……わけ……」

「そんなことあるよ。ずっと言わなかったけど、ずっと好きだった」


「それってお姉ちゃん的存在として好きってこと、よね」

「ううん、違う。子作りしたい」


「………………ほんとうに?」

「うん」


 私は怖くて震える声を必死に抑えてうなずいた。

 切り落とした林檎は枝に戻らない。

 エコ姉がどんな答えを出そうと、目を逸らすことは許されない。


「え、うぇえーっと、その、いやぁ……ふぅん、そう、なんだ……へ、へぇ、私を、ね……そう」


 エコ姉は今まで見たことないほど顔を真っ赤にして頬をかいていた。

 そして、そのまま崩れ落ちた。


「エコ姉!?」


 慌ててエコ姉を抱き止める。


「ご、ごめん……からだに、ちからが、はいんなくて……ちょっと、くすりきいてきた、かも」

「そんな」

「ありがと、ね……ととりちゃんのきもち、すごく、うれしい……だから」


 私に何か伝えようと、呂律の回らない舌を必死で動かす。


「だから、さいごのおねがい、きいてくれる」

「なに?」

「おちゃを、のんで」

「っ!」


 それは疑いようもない心中の誘いだった。


「そしたら、こいびとになってあげる、きすしてもいいよ」

「なにそれ」

「ととりちゃんが、くるしみながらぞんびになるのは、やっぱりいやなの」

「……わかった」

「ふふ、いいこだね」


 ろくに動かない手を伸ばして、私の頭をなでる。

 その動きはぜんぜん恋人っぽくなくて、子供の私が家出するといつも迎えに来てくれた時のそれによく似ていた。

 エコ姉のとろんとした瞳が次第に閉じていく。


「さいごにみる、けしきに……ととりちゃんがいて、よかった」


 それきり、エコ姉は動かなくなった。

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