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After the Bullying  作者: Saki Tachimazaki
第3章
9/13

 ようやくデイムに着いた頃には15時を回ろうとしていた。

 駅を出るとあの人同じ暖かい風が吹いている。幸運なことにバス停を見つけた。行き先を見ると途中でクレスティア山を通るそうだ。

 数分待つとバスが到着し、すんなりと乗ることができた。どうやらコミュニティバスのようだが、中は誰一人おらず、僕の独占状態だった。

 ——お土産買ったら喜ぶかな。

 ふと思いついたが、財布の中身はそれを許さなかった。残りは500円。このバスがいくらになるかすらわからない状況で不用意に使うのは得策とはいえない。残念だが、手ぶらでいくしかない。


 そうしているうち、いつの間にかバスは山の中へ入っていた。

 もうすぐ7月も中旬になり、日差しが痛くなる頃だ。山中の日陰がとても心地良く感じる。それに新緑の澄んだ空気は車内からでもわかる。

 降りたらまずは深呼吸をしよう。それからシルヴァンに会って、フルールにも会いに行こう。前はお礼を言えなかったからちゃんと言わなきゃ。

「クレスティア山」

 運転手がそういうと、ドアが開いた。席を立ちお金を払おうとするが断られた。

「フルールのばあちゃんから話は聞いている。お代はいらないよ。」

 そう言って押し出すように降ろされ、すぐにバスは出発してしまった。

 諦めて山道を歩んでいくと、門は容易に見つけることができた。

 ——ここをくぐれば……。

 だがその勇気が生まれなかった。潜ってシルヴァンに会うことは簡単だし、そこで暮らすことも難しくはないのかもしれない。だがまた父が来てしまったら、今度こそどうすることもできなくなってしまう——。

 行き詰まって、どうすることもできなくなってしまった。仕方なく門の前に座り、頭を落ち着かせることにした。

 よく辺りを見渡してみると、近くの木に切り傷がある。それに誰かが穴を掘ったような跡も。極め付けに狐や狸などの小動物のものではない足跡がある。きっと、これらは熊のものだろう。

 時計をみると16時を指そうとしていた。日が落ちれば熊が動き出す。魔法を持たない僕なんて、格好の餌でしかない。


 意を決してフルールに会いにいくことにした。

 と言っても場所は知らないため、ほんの少しの感覚だけが頼りになる。

 ようやく馴染んできた澄んだ山の空気はやはり美味しく、こんな混乱した状況でも僕を落ち着かせてくれる。

「ペラン! ペランでしょ?」

 急に遠くからシルヴァンの声が聞こえてきた。

「シルヴァン!」

 すると上からシルヴァンが降ってきた。びっくりしたのはもちろんだが、それ以上に嬉しかった。ずっと苦しかったこと、我慢してきたこと、それを全部キスに乗せた。抱きしめるのをやめたら離れていってしまいそうで、不安になる。

「また会えた。もう会えないと思ってた。もう離したくないよ。」

 しばらく抱き合った後、改めて向き直った。

「どうやって戻ってきたの?」

「あぁ、逃げてきちゃった。」

 二人で笑い合い、もう一度キスをした。

「どこ行こうとしてたの? 門は後ろだよ。」

「フルールおばあちゃんのところにね。そういえば、どうしてシルヴァンは山に住んでいるの?」

 するとシルヴァンは黙って目を逸らしてしまった。

「ご、ごめんね! 言いたくないならいいんだ。ただちょっと気になっただけだし——。」

「奴隷だったんだ。」

 さっきまでとは打って変わり、真面目な顔をしてそう言った。

「この山にいる人はほとんどが奴隷だった人とその子孫だよ。あとは長が認めた人だけ。そのほかは王立奴隷協会からかな。僕は最後者。要するに売られたってところかな。」

 無理に笑顔を作っているのが見て取れる。苦しそうに笑い、若干手を震わせている。

「——じゃあさ、山に入ったら結婚って、できないのかな。」

「——そんなことは……!! まさかそれって!」

 からかうのもたまには面白い。まぁ嘘ではないけれども。

「そうだ、フルールおばあちゃんのところに案内してよ。場所がわからないんだ。」

「ごめん。それはできないんだ。僕らは山から出ることはできない。それが山に永住するときのルールで、フルールおばあちゃんは唯一の例外。」

 シルヴァンの顔が徐々に曇っていく。申し訳ないと思いつつも、どうすることもできない。だからせめてもとキスをした。

「絶対戻ってくる。そしたら僕も山に入る。それで、その——もし許してくれるなら……結婚しよう。」

 シルヴァンが今までで一番喜んでくれたように感じた。

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