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気がつくと黄金色の西日が車内を照らしていた。
誰かが寝てくれたのだろうか、電車の座席の上に横になっていた。濡れていたことを思い出し慌てて飛び起きるが、服は全く濡れていない。
外には田園風景が広がり、家はほとんど見つけられなかった。やってしまったと思いつつも、諦めて車内を見渡すが、大きな荷物を持ったおばあちゃんが一人いるだけだった。
そうしているうちに電車が止まり、終点のアナウンスが流れた。
「終点、デイム。終点、デイム。お忘れ物がないようご注意ください。」
降りるべきノーリダムからは30キロほど離れていて、とてもあるいて帰れる距離ではない。どうしたものかと思いつつ電車を降り、ふと気になって振り返るとさっきのおばあちゃんが荷物を下ろすのに苦労していた。
「手伝いますよ!」
別に急ぐ理由はなかった。それにいまから親を呼ぼうにも、数十分はかかるだろうし、人助けぐらいは許されるだろう。
「あらー若いのにえらいねぇ。」
久しぶりに人に褒められた気がした。
いかにも田舎道というべきか、路面は舗装されていなく道端ではカエルや虫が遊んでいた。
「寝過ごしたのかい?」
「えぇ、そうみたいですね。」
静かな田舎道でも、お互いの声はぼそっとしか聞こえてこない。
やがて教科書に出てきそうなレンガの家にたどり着いた。日はすでに落ち、あたりは暗闇に包まれている。
「今日はもう遅い。危ないから泊まっておいき。」
「いえ、ご迷惑になりますし……。」
「じゃぁ熊に食われるかい? それとも虫に囲まれるかい?」
——含みのある言い方だった。
「——ではお言葉に甘えさせていただきます。」
荷物と共に家に上がると、初夏だというのにまだ暖炉が灯っていた。
天井は開けており、ロフトまであってまるで田舎ではないようだ。それに至る所にキラキラした何かが飛び交っている。
——そういえば連絡してなかったっけ。
カバンからスマホを取り出してみるが、圏外になっている。
「電話使うかい? きっと圏外だろうし。」
いつの間にかおばあちゃんはファンシーなピンクのパジャマに着替えていた。
電話を受け取ったはいいものの、電話するか躊躇っていた。いつもでさえあれほど怒られるのに、今日はもう日が暮れている。どれだけ言われるかはわかったものじゃない。
「どれ、そんな怖いなら私から言おう。」
そういって電話を取り上げ、番号を押していった。それからしばらくして、電話口から猫をかぶった声が漏れてきた。
「お宅の息子さんね、私の荷物を一緒に持ってくれてさ。それでもう暗いからうちに泊めたいんだけど、いいかね。」
そういって電話を向けられた。向こうではまだ相手がおばあちゃんだと思って猫を被ったままだ。
「——もしもし。」
「あぁちょっとアンタ! またふらっといなくなって! どうせまた取り入ったんでしょう?」
予想通り。しかも相手が僕だとわかった瞬間にこれだ。笑えてくる。
「いやそんなことないさね。よくやってくれたよ。米やら小麦やらが入ったのを片手で持つしさ。とりあえず、明日には帰るだろうよ。」
いつの間にかまた電話を奪われていて、切られていた。