Prologue
「弱者にも手が差し伸べられる。それがこの国です。それは家族だけでなく行政からでもあり——」
先生はそう言った。だがもし本当にそうなのならば、僕は今、こんなにも傷だらけになっていることなどないはずだ。
「よかったじゃんか『モップ』。仕事ができたな。」
彼はバケツいっぱいの水を床にぶちまけた。消えかけの電気がこの惨劇を薄めてくれるだろうか。残念ながらそうは思えない。
「そうだ! 俺らは『優しい』から手伝ってやるよ。」
そう言って僕の頭を鷲掴みにし、床にこすりつけた。
「おぉー! ちゃんとモップの仕事できるじゃんか! えらいえらい。」
額がタイルの角に何度も当たって、きっと赤く腫れているだろうな。
後ろでは下品な笑い声が聞こえるが、中には作り笑いのものもいる。ついこないだまで友達だと言っていた奴だ。何かあったら頼ってと言っていた奴だ。それになにも制服姿だけじゃない。教科書を小脇に抱えた小太りの大人もいる。ジャージ姿の頑固そうな顔だって。
僕には味方なんていはしない。
「——ただいま。」
声が出ずにか細い声で言った。
「どうしてそんなことも言えないの!」
母だった。
「——ごめんなさい。」
「そんなんだからいじめられるのよ! いい? 相手が悪いんじゃない。アンタが悪いの! そんなぼそーっとしてるからよ! だいたい、アンタがそうしているせいでうちの評価はガタ落ちよ! 一家の恥よ! もう恥ずかしくて生きていけないわ! そもそもなによ——」
またこれだ。
どこもかしこも僕が悪い、僕が悪い。言われたことを忠実にこなして何が悪いのか。友達と笑い合って何が悪いのか。髪を伸ばして何が悪いのか。
僕にはもうわからなくなっていた。