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7/20

7.我飲酒、泥酔である。

 ――夕方になって業務を終え、広報宣伝部の皆で会社近くの居酒屋へと移動した。


 乾杯の音頭と同時に、周りが五月蠅くなった。苦手なのよね、この雰囲気。


 店内の座敷の隅を陣取って、一人で暗く、チビチビとビールを口にする。それはもう黒子のようにひっそりと。


 千春はと言うと、「私に任せておけっ!」と率先して上長から順に男性社員相手にビールを注いで回っていた。なんだか申し訳ない。惨めな気持ちになってきた。


 ――私の頭の中では()()()がずっと浮かんでいた。いや、正確にはあの人と対局した棋譜(きふ)(将棋の対局記録)をね。


 『TAKE_1990』さん。私がいつも対局で負け越している相手。負けた対局の半分はこの人に敗れていた。


「あぁ、何であの人の穴熊(あなぐま)(将棋の囲いの型)、あんなに堅いのよ……」


「誰の何が堅いって?」


「ひゃっ!?」


 びっくりした。いつの間にか隣に人事部の竹中さんが座っていた。彼も飲み会に参加してたのね。


「竹中さん……」


「紀国、キミはなんで一人で飲んでいるんだ?」


 間違いなく今の私は酷い顔をしているだろう。恐怖に包まれた、人見知りの顔を。


「あぁ、別にいいんだ。皆と打ち解けていないのが見えたんでね。声を掛けに来ただけだ」


 そう言ってジョッキ一杯に入ったビールをグッと喉に流し込む。ハンサムマッチョな彼は、飲みっぷりも豪快だった。


「……あの、私……」


 両手で持ったグラスが震えていた。


「……お酒……あまり強くないんです。この雰囲気も苦手で……」


 会場は騒がしく、私の小さな声はきっと彼には届いていなかったと思う。


 だからかもしれない、彼が私の耳元に顔を近づけたのは。


「気にするな。実は俺も飲み会は苦手なんだ」


 心臓がバクバク鳴り、今にも口から飛び出しそうになった。男の人にこんなに近づかれるだなんて。将棋盤を挟んで座るくらいまでしか接したことがないというのに。


 油断すると、摂取したばかりのアルコールもリバースしてしまそうなくらい、身体が火照っていた。


 あぁ、目の前がクラクラする。


「ここだけの話だが、栗山部長はサッカー以外にも将棋が趣味なんだ。ライバルのGC社にはサッカーが上手い人間が揃っている。社外の大会でいつも煮え湯を飲まされ続けていてね」


 私はグラスを持ったまま話を聴いていた。そう、彼の吐く息と声に集中しているの。


「キミを推薦したのは部長だが、キミの存在を教えたのは俺。知ってた?」


「……ふぇ?」


「何でも一番に成るってことは難しいが、一番をキープすることも難しい。GC社を上回るあと一手が欲しかったんだよ」


 そう、相手の土俵に入って一番に成る、そして常に制することは当然、将棋の世界でも難しい。わかるわ、竹中さんの言うことが。


 あ、でもちょっと待って。私かなり酔ってる?


「……おいおい、そんなに俺を見つめないでくれ。顔になにか付いてるか?」


 えっ!?

 私、そんなに竹中さんのこと見てた!?


「あ、あぁぁ……」


 私の頭にポンッと手が置かれ、軽くワシャワシャと撫でられる。


「怖がるな。恐れるな。人付き合いが苦手でも、将棋ではキミは強いんだろ?」


 どうしよう、なんかもう……今、凄く泣きたい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おー ライバルが示唆され始めた上にラブ要素がひょっこり匂わされできましたねえ 飲み会苦手なのすごい共感してしまいます笑゛
[良い点] ①将棋を知らなくても楽しめるところ。 ②鬼の部長、結構好き。 ③作者のアフターさんがステキ。 とても楽しく拝読させていただきました
2020/05/11 18:25 退会済み
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