7.我飲酒、泥酔である。
――夕方になって業務を終え、広報宣伝部の皆で会社近くの居酒屋へと移動した。
乾杯の音頭と同時に、周りが五月蠅くなった。苦手なのよね、この雰囲気。
店内の座敷の隅を陣取って、一人で暗く、チビチビとビールを口にする。それはもう黒子のようにひっそりと。
千春はと言うと、「私に任せておけっ!」と率先して上長から順に男性社員相手にビールを注いで回っていた。なんだか申し訳ない。惨めな気持ちになってきた。
――私の頭の中ではあの人がずっと浮かんでいた。いや、正確にはあの人と対局した棋譜(将棋の対局記録)をね。
『TAKE_1990』さん。私がいつも対局で負け越している相手。負けた対局の半分はこの人に敗れていた。
「あぁ、何であの人の穴熊(将棋の囲いの型)、あんなに堅いのよ……」
「誰の何が堅いって?」
「ひゃっ!?」
びっくりした。いつの間にか隣に人事部の竹中さんが座っていた。彼も飲み会に参加してたのね。
「竹中さん……」
「紀国、キミはなんで一人で飲んでいるんだ?」
間違いなく今の私は酷い顔をしているだろう。恐怖に包まれた、人見知りの顔を。
「あぁ、別にいいんだ。皆と打ち解けていないのが見えたんでね。声を掛けに来ただけだ」
そう言ってジョッキ一杯に入ったビールをグッと喉に流し込む。ハンサムマッチョな彼は、飲みっぷりも豪快だった。
「……あの、私……」
両手で持ったグラスが震えていた。
「……お酒……あまり強くないんです。この雰囲気も苦手で……」
会場は騒がしく、私の小さな声はきっと彼には届いていなかったと思う。
だからかもしれない、彼が私の耳元に顔を近づけたのは。
「気にするな。実は俺も飲み会は苦手なんだ」
心臓がバクバク鳴り、今にも口から飛び出しそうになった。男の人にこんなに近づかれるだなんて。将棋盤を挟んで座るくらいまでしか接したことがないというのに。
油断すると、摂取したばかりのアルコールもリバースしてしまそうなくらい、身体が火照っていた。
あぁ、目の前がクラクラする。
「ここだけの話だが、栗山部長はサッカー以外にも将棋が趣味なんだ。ライバルのGC社にはサッカーが上手い人間が揃っている。社外の大会でいつも煮え湯を飲まされ続けていてね」
私はグラスを持ったまま話を聴いていた。そう、彼の吐く息と声に集中しているの。
「キミを推薦したのは部長だが、キミの存在を教えたのは俺。知ってた?」
「……ふぇ?」
「何でも一番に成るってことは難しいが、一番をキープすることも難しい。GC社を上回るあと一手が欲しかったんだよ」
そう、相手の土俵に入って一番に成る、そして常に制することは当然、将棋の世界でも難しい。わかるわ、竹中さんの言うことが。
あ、でもちょっと待って。私かなり酔ってる?
「……おいおい、そんなに俺を見つめないでくれ。顔になにか付いてるか?」
えっ!?
私、そんなに竹中さんのこと見てた!?
「あ、あぁぁ……」
私の頭にポンッと手が置かれ、軽くワシャワシャと撫でられる。
「怖がるな。恐れるな。人付き合いが苦手でも、将棋ではキミは強いんだろ?」
どうしよう、なんかもう……今、凄く泣きたい。