5.我ついに、キノコの山になる。
ガタッと音を立てて、私は思わず立ち上がってしまった。
口をパクパクさせている私を真剣に見つめるハンサムマッチョさん。いや、人事部の竹中さん。
よく聞き取れなかった……気がする。ネット将棋で日本一になれ?
そんなの無理に決まってるじゃん、私より断然強い『プロ棋士』っていう存在がゴロゴロいるんだよ?
「……? どうした、紀国」
「……うぇっ、は、はひ」
あまりの驚きに良く分からない言葉が出た。そんな様子を見たのか、なんと栗山部長が私に近づいてくるではないか。何この展開。
「いやぁ、私がキミをここへ推薦したんだよ。キミには将棋の才があると耳にしてね。特別に私が企画内容を考えてあげたんだが、不服かね?」
「ふっ、ふふふらんて……」
言葉にならなかった。
隣の机で、口元を抑えて必死に笑いを堪えている千春がいる。あぁもう最悪!
「いいか紀国! ユーザーネームを『キノコの山』にして、ネット将棋で日本一を取れ!」
「キッ!? そ、そんな……」
必死に抵抗するような、今にも泣き出しそうな顔をする私を見て、竹中さんがすかさずフォローする。
「栗山部長、『タケノコの里』の方が彼女の好みなのでは?」
なんだそのフォローは!?
「ふむ……まぁ好きな方の名前にすれば良い。ただ、個人的にはタケノコ派だからこそ、キミにはキノコ派を盛り上げてもらいたいのだよ。なぁに、ネット将棋は私も彼も心得ている。通常業務の量はキミだけ特別に少なくするから、毎日2時間は宣伝として将棋を指しなさい。不安があれば、いつでも私か彼に相談しなさい」
今この瞬間が一番不安なんですけど!!
そして、それだけを述べた栗山部長は満足そうに自身の席へと戻っていった。
「さて、俺もそろそろ行かなくてはならない。紀国、なるべく勝ち上がって、話題の広告塔になってくれよな」
あぁ、ハンサムマッチョ竹中さん。見事な香車の雀刺しを決めてくれたわね。
「あっはっはー! 頑張ってね『キノコの山』ちゃん!」
「……もうそれでいいよ、私の名前……」
バシバシと叩かれた背中は、思った以上に痛かった。