2.我出社、後異動である。
新宿駅に着くとすぐに中央線に乗り換える。
中央線で神田駅を経由し、地下鉄に乗り継いで、勤め先の会社がある京橋駅を目指す。その間も私は短時間勝負の将棋で時間を消費した。
改札を出ると、辺りには桜が舞っていた。季節は春。新入社員だろう、スーツの襟を正した若い男女があちらこちらで見受けられた。
「おーす、根暗女」
「ひぁっ!?」
背中をポンっと叩かれて驚いた私の横には見知った顔があった。
彼女は『里山 千春』。職場仲間であり、私の唯一の友人。
白のロングスカートに水色のトップス。半袖のカットソーくらいの露出で、ねずみ色の薄いジャケットを羽織っていた。耳には目立たないくらいの真珠のイヤリング。
ショートヘアーが似合う女の子って本当に可愛いわね。私とは正反対。
「おはよう……千春」
「あっはっはー! 新入社員の前ではちゃんとアンナって呼んであげるからそう怖がるなって!」
この、いつも明るい彼女のおかげで、ある意味私は職場で浮かずにいることが出来た。
人と話すことが苦手な私にもプライベートで声を掛けてくれるのは、千春だけなのよね。
そして出会って即恒例行事。千春が勝手に私の髪の毛を触ってきた。
「いやー相変わらず綺麗な髪してるねぇ。ん~このツヤ、香り、たまらないね!」
「……おっさんみたい」
「はすはすはす」
「やっ……やめて」
思いっきり顔を埋めてくる。いつもこれ。
恥ずかしいから嫌なのに、千春は遠慮というものを知らない。ついでにセクハラって言葉も覚えてもらいたいものね。
「ねぇ、アンナ。人事異動の件聞いてるよね、ちゃんと覚悟は決まった?」
「うぅ……」
「まぁ辞令なんて余程の理由が無い限り、断る権利なんて末端社員にはないのだよ。あっはっはー!」
――始業20分前。会社に到着して最初に目に入ってきたのは、特設された掲示板の前に集まる人だかり、そして張られていた辞令だった。
紀国 安奈 様
『辞令』
令和二年四月一日付けで、第一開発研究部 商品開発課の任を解き、第一営業部 広報宣伝課の勤務を命じます。
――株式会社MG
はぁ……憂鬱。