10.この喪女、激ヤバな空気である。
ついに、彼の部屋の前まで来た。来ちゃった。
どうしよう、ノープランで頭の中グルグルしたまま来てしまった。
「遠慮は要らない、入ってくれ。ちょっと散らかってるかもしれないが」
視界に溢れるは異世界。もとい、彼の部屋。
なにこの広いリビング!!
部屋の角に観葉植物なんて置いてるし!!
確認してないけど塵一つ落ちてないんじゃないかしら!?
「あっ、たっ、たけ……」
暖けえ? 失礼ばかりしている私は彼の名前を呼ぼうとしたけれど、思い出せずにいた。
「『竹中』でも『靖』でも、呼びやすいように呼んでくれ」
彼はカッコいい柄のネクタイを外しながら、ハンガーに引っ掛ける。
そして私にもハンガーを一つ貸してくれた。
「何か飲むか?」
「あっ、いえっ、お構いなくっ! ……靖さん」
気の利いた言葉は出ない。優しいのは彼だけだった。
スーツの上着を脱ぐその姿を見ているだけで、何か癒されるものがあった。
ほぼ毎日、同じような服装の私はちょっぴり照れながら、カーディガンを脱いでハンガーに掛けた。室温が常に一定なのか、薄着でも過ごせそうな快適さがあった。
彼は白のワイシャツ一枚に成り、ボタンを上から二つ目まで外し、たくましい胸をオープンにした。
袖のボタンも外すとゆっくり捲り上げて、彼はこう言った。
「さて、と。やるか――」
「ひゃぅっ!?」
口を押えて一人壁ドン。今何て言ったのかしら!?
帰宅後、いきなりなんて、そんな、私と……
「……おいおい、何を勘違いしている」
リビングではない、隣の部屋のドアを彼が開けると、そこは畳が広がっていた。
電気がパッと付くと、殺風景な部屋の中央にあったのは、私が愛しているソレだった。
「――将棋盤!」
「寝るまでの間、少しでいいから俺と指そうぜ」
座布団を二枚、将棋盤を挟んで置くと、彼は奥へと座り私の顔を見る。
その瞬間、彼の顔付きが変わった。
間違いない、棋士の眼だ。
私は一気に酔いが覚めた。彼の本気と向き合いたい、そう思いながら入室する。
年季の入った、立派な足付の将棋盤。この香りは本榧ね。将棋盤の中でも最高峰で、何十年経ってもツヤを失わず、独特な美しさを醸し出している。あぁ、なんてステキなんでしょう。
「ほら、座って」
「……はい」
私は一礼して座布団に座ると、ゆっくり彼の眼を見た。
全力で相手すること以外、考えられなかった。
「「お願いします」」




